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プロフィール
株式会社シンクトゥギャザー代表取締役社長。群馬大学次世代EV研究会 車両分科会長。
富士重工業株式会社(現・株式会社SUBARU)に入社して35年間、自動車の開発、商品企画に携わる。その経験を活かし、2007年1月に同社を設立。低速電動コミュニティビークルや二人乗りEV(電気自動車)などの開発を行う。2011年に10人乗りの低速電動バス「eCOM-8」、2017年に16人乗りの「eCOM-10」を開発・製造。新しい電気自動車の活用についての提案を行っている。
技術経験を活かして、次世代モビリティへ参入
群馬県桐生市、相老駅から車で10分程の住宅街の一角に、電動モビリティ開発をメイン事業とする株式会社シンクトゥギャザーはある。シンクトゥギャザーの本社は、メカニック好き、車好きの心を刺激する昔ながらの工場だ。飾らない外観の奥で、技術の粋を集めた次世代モビリティが生み出されている。
同社代表・宗村正弘氏は、富士重工業(現・SUBARU)の設計出身の技術者だ。SUBARU入社時に「かっこいい車を作りたい」と設計を志望し、技術本部に配属。当時の設計者に任される業務範囲は広く、「レオーネ」「レガシィ」といったSUBARUを代表する車体の開発のほか、車づくりに関わるあらゆる業務を経験した。その経験を活かし、宗村氏は35年勤めたSUBARUを早期退職し、ものづくりをしたい人をサポートするコンサルティング事業を始めようとシンクトゥギャザーを立ち上げる。そこに、1本の連絡が入った。
「EVを研究する群馬大学の教授から、車づくりの経験とノウハウを貸してほしいと連絡がきて、その後発足した群馬大学『次世代EV研究会』のメンバーに加わることになりました。当時、次世代EV研究会のメンバーは、技術や知識はあるけど車づくりの実務経験のない人ばかりだったんですが、僕はSUBARU時代に車の設計者としていろんな経験をさせてもらいましたし、自分でデザイン・設計をした車でガソリン1リットルでの走行距離を競うレースに参加した経験もありました。そういうわけで、次世代EV研究会として車両製作の話が持ちあがったんです。不思議ですよね、退職したときは、これでもう車とは縁が切れるんだなと思っていたのに、こうして少年時代の車づくりの夢が再び叶うことになるんだから」
こうして宗村氏は、群馬大学次世代EV研究会に入会し、EV開発に挑戦することになった。
インホイールモーターを使えば、おもしろい車ができる
次世代EV研究会の声がけで、宗村氏はEV初号機「TT1」(TT:Think Together)を完成させた。パワーユニットとしてインホイールモーターを2個積んだ、小さくかわいらしい車体だ。TT1を足掛かりに、実用性を高めた「TT2」も作った。
すると、群馬大学の別の教授から、「たくさん人が乗れるEVを作りたいと思っている。バスを作ってほしい」と新たな依頼が来た。
「バスは大きすぎて、パワーユニットの力が足りません、と一度はお断りしたんですが、なんとかやってくれという。じゃあ、パワーユニットをいっぱい使えばいいんじゃないかという発想で作ったのが、今の主力である低速電動コミュニティビークル『eCOM』でした」
宗村氏が開発するEVのパワーユニット、インホイールモーターは、その名のとおりホイールの内側にモーターがあり、タイヤに直接動力を伝える点に特徴がある。
バスのように車両が大きく重量がある車に対しては、車輪を増やすことで十分な駆動力を得られると宗村氏は考えた。さらに、ハンドルを回した際のそれぞれの車輪の切れ角を微妙に調整することで、「eCOM」の最小回転半径(ハンドルを最大まで切った際、1番外側のタイヤの中心が描く円の半径)を、一般に市販されている車とほぼ同一にした。車輪が多くても、それぞれのタイヤが同心円を描いてスムーズに曲がることができるのは、宗村氏の技術によるものだ。
また、インホイールモーターは、従来のエンジン部分にモーターを搭載する方法に比べると、車体に大きなモーターおよび動力伝達装置を積む必要がなくなるため、車内空間の自由度が上がる。
「車内の椅子は、お客さん同士の会話がしやすいように、公園のベンチをイメージしたベンチシートにしました。依頼したのは、障害のある人が働く近くの木工店なんですが、ベンチの納品に来てくれたとき、ここに使うんだよって見せたら、すごく喜んでくれました」
こうして、車輪8輪すべてにインホイールモーターを搭載し、10人乗りの低速電動コミュニティビークル「eCOM-8」初号機が完成した。
人に環境に後続車にも優しい、スローモビリティ「eCOM」
今、「eCOM」には、初号機を車椅子対応に改良した「eCOM-8²」、軽自動車よりひと回り大きい超コンパクトサイズの7名乗り(運転者含む)「eCOM-4」、10輪の車体が目を引く16人乗り(運転者含む)「eCOM-10」がある。
すべてに共通するのは、車輪の数だけインホイールモーターを積んでいること。また、それゆえに実現可能となった車内空間の広さや、誰もが乗り降りしやすい低い床、平らな屋根に積んだソーラーパネルも特徴だ。
土地の風やにおいをリアルに感じ、自然との一体感を味わってもらえるように、窓はつけていない。寒さが厳しい日や天候が悪い日は、ビニール製のレインガードを下ろせば気密性が高まって、快適に過ごすことができる。
最大の特徴は、時速19kmという「遅さ」だ。車体後部には「お先にどうぞ」の表示パネルも追加した。
「どうしてもスピードが遅いから、公道で走らせていると後ろで待っていてくれる車も多いんです。だから、どうぞ追い越してくださいね、と伝えるために設置したんです」
さまざまなアイデアが詰め込まれた「eCOM」は、車体からすべてオリジナルで作る技術力を持つ宗村氏だからこそ実現できたといえるだろう。
Slow(スロー)で社会課題を解決する
これからのモビリティやEVの課題について伺うと、宗村氏は「Slow(スロー)がキーワードになる」と話す。
同社が想定する社会的なニーズは、「観光振興」「超高齢社会」「環境保全」の3つ。
コロナ禍で少し停滞したものの、観光は21世紀における日本の重要な政策の柱と位置付けられており、観光需要復活の機運は高まっていくだろう。非日常性が求められる観光地やテーマパークでの移動と、スローモビリティの親和性は高い。
また、誰でも年を重ねれば反射神経が落ち、判断速度も低下していく。高齢ドライバーの事故が問題視される中、低速で移動する「eCOM」は運転者にも乗客にも、歩行者にも優しい乗り物だといえるだろう。
そして、「ゆっくり動く」ことでエネルギー消費量も低減することができる。
「EVは、充電のためのインフラが少なく、さらに充電時間がかかります。限られたボリュームの中で蓄えられる重量あたりのエネルギー量を比較すると、EVはガソリン車の100分の1しかないんですよ。でも、ゆっくり走れば、蓄えたエネルギーを有効に活用できます。必要なエネルギーは速度の二乗に比例する。つまり、スピードが半分になるとエネルギーは4分の1で済むわけです。『Slow(スロー)』というキーワードでモビリティを考えると、いろいろな課題が解決できるんですね」
常に頭の中を一新し、リスクをとって挑戦し続ける
現在、「eCOM」はさまざまな自治体や企業の依頼を受けて、速度を必要としない観光地や市街地での移動に使われている。子供から年配者まで、乗る人すべてが笑顔になれる乗り物として量産が期待されるが、年間で生産できるのは平均5台程だという。
理由のひとつは、受注生産が基本であること。注文を受けてから部品を発注するため、生産台数にはどうしても限界がある。
「私のように、技術者がEVベンチャーを立ち上げるケースは珍しいんです。理由としては車体が作れない業者さんが多い。車体を作れないと、既存の車体を使ったコンバートEVになる。車体に限界があるからできることが限られちゃう。うちは車体を作る技術力があるから、何から何まで全部オリジナル。新規の設計からできるから、ニーズに対して最適な解を提供できる。
ただ、若い人材が不足しているのが課題で、人材募集中です。うちで作ったものをいいねって言ってくれる、車づくりにのめり込みたい人が来てくれたらうれしいですね」
「eCOM」の生産の合間を縫って、宗村氏は絶えず新しいチャレンジも続けている。
高付加価値の車を生み出せる宗村氏のもとには、さまざまな相談や依頼が引きも切らず持ち込まれる。まだ世の中にない車、誰もが「あったらいいな」「乗って楽しい」と思う車、宗村氏の開発者魂はそうした依頼によって燃え上がり、なけなしの時間を注ぎ込んで開発に熱中している。宗村氏は、次世代モビリティの可能性についてこう語った。
「電動化によって、エンジン車とはまったく違う発想の車づくりができるようになったんです。これはひとつのビジネスチャンスで、おもしろいと思っています。これからは、今までの車の概念にはないモビリティがもっと出てくるでしょう。例えば、屋内と屋外をシームレスにつなげる車とかね」
「ある企業とのコラボで、運転席のない自動運転車づくりにも取り組んでいる」と話す宗村氏の瞳は、少年時代を思わせる純粋な輝きに満ちていた。そんな宗村氏の目に、日本の車づくりの未来はどう映っているのだろうか。
「これからは、過去の自動車製造のしがらみにとらわれない、全く新しい自動車メーカーがどんどん出てくると思います。過去にとらわれない発想で、新しいことにどんどんチャレンジして、皆さんがあったらいいねって思うような車を作れるかどうかがポイントになるんではないでしょうか」
最近、宗村氏のもとに、新たに共同開発の依頼があったそうだ。
「完成したら世界初だっていうんですよ。私も新しいことが大好きだから、新しい車を作りたいっていう話は大歓迎です。声をかけてくれた人も自分も、双方が幸せになれるような挑戦を、まだまだ続けていきたいですね」
若い頃は「かっこいい車」を作りたいと思っていたが、現在は「人の役に立つ、楽しい車」へ。作りたい車の形が変わった今も、宗村氏の車づくりへの情熱は燃え続けている。