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プロフィール
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科
教授 加藤晃さん
デジタルグリーンイノベーションセンター(CDG)バイオエコノミー部門長、NAISTグリーンエコノミーコンソーシアム会長。「バイオテクノロジーで社会貢献」をモットーに、導入遺伝子の高発現化技術の開発、遺伝子発現による表現型制御機構の解明、遺伝子発現による植物の環境適応機構の解明などを研究している。近著に「植物バイオテクノロジーでめざすSDGs 変わる私たちの食と薬」(化学同人刊/小泉望との共著)がある。
3つの研究分野を融合した教育プログラムで幅広い知見・知識を持った人材を育成
京都・大阪・奈良の3府県にまたがる緑豊かな丘陵に広がる「けいはんな学研都市」(正式名称・関西文化学術研究都市)。その中核施設として設立され、2021年で創立30周年を迎えたNAISTは、バイオサイエンス・情報科学・物質創成科学を基盤とした「最先端」分野を学べる教育機関である。
3つの研究分野を、個々に独立したものとしてではなく相互に関連する学問と捉え、領域を融合させた総合的・体系的な教育に力を入れているのも特徴だ。そのビジョンの象徴ともいえるのが、2021年に発足したデジタルグリーンイノベーションセンター(以下CDG)である。
「ここ10数年の科学技術の進展は目を見張るものがあります。世の中がすさまじい勢いで変化し、GX(グリーントランスフォーメーション)やDX(デジタルトランスフォーメーション)といった言葉が当たり前のように使われる中、企業が目指す方向も変化しています。製造業の世界でも、もはやGXを意識しないモノづくりはできなくなっているといえるでしょう。大学としても、こうした劇的な変化に対応するためには、ひとつの領域の専門性に秀でているだけでなく、幅広い知識や技術が必要だと考えています。CDGは、そういった人材を育てるための場でもあるのです」
加藤教授の研究室では、以前から医薬品などに使われる高付加価値のたんぱく質を効率良く生産するために、大規模データの解析などデジタル技術を掛け合わせた手法を用いた研究に挑んでいる。
「私の場合は、植物の細胞がメインの材料ですが、1996年に赴任して研究を始めた当時は、植物の全ゲノム情報すらありませんでした。しかしその後、超高速で塩基配列を解読する次世代シーケンサーや遺伝情報を膨大な実験データと突き合わせて解析する人工知能(AI)が登場したことで、研究が大きく前進しました」
つまり、今やバイオテクノロジーの研究も、デジタル技術と融合させた「バイオインフォマティクス」が前提であるため、「バイオだけでなく、ほかの領域においても、分野の垣根を越えて学ぶ環境が必要」と言う加藤教授。CDG発足の翌年、2022年4月にはバイオサイエンス・情報科学・物質創成科学の3分野を横断的に学ぶ新しい教育プログラムもスタートさせた。
「例えば、バイオや物質の学生でも、コンピュータープログラミングの講義や知能社会創成科学といった講義を受けることができたり、情報の学生が物質やバイオの講義を受けたりすることができます。3つの領域を融合させることによって、専門性を持ちながら他分野の人とも会話ができるレベルの知識を習得できます。こうした教育スタイルによって、実際に社会や企業で活躍できる人材を育て、輩出していくことが、イノベーションの創出や社会貢献にもつながると考えているからです」
CDGのロゴマークは、バイオサイエンス・情報科学・物質創成科学の3分野が混じり合い、結ばれることをイメージしたおむすび型。中に描かれた「OMUSUBI」の綴りには、「バイオ(Bio)」「情報(Information)」「物質(Material)」の頭文字が含まれている。
活動拠点であるCDGコモンズは、分野の垣根を越えて自由にコラボレーションするためのオープンスペース。部屋に設置したリサイクル素材の可変式ファーニチャーユニットは、決まった用途がなく、各自で重ねたり並べ替えたりすることで、ベンチにもデスクにも間仕切りにもなる仕様だ。オープンかつフリーなコミュニケーションを活発化するためのこだわりのひとつでもある。
地域や企業との「共創」をテーマに、「NAISTグリーンエコノミーコンソーシアム」を設置
CDGの取り組みのひとつとして、研究成果を多種多様な企業と連携するための新たな試みもスタートしている。それが「NAISTグリーンエコノミーコンソーシアム」だ。
本当のイノベーションにつながるような出会いや発想を生み出すには、これまで想像もしなかったような人たちと「共創」する必要がある、と加藤教授は言う。
「私自身は、これまでもいくつかの企業さんと共同研究を行っていますが、それはニーズありきの研究で、テーマも決まっています。しかし、今回発足した『NAISTグリーンエコノミーコンソーシアム』は、そうした共同研究とも、一般的にイメージされるコンソーシアムとも違う、本当の意味でのイノベーション創出を目指したものなのです。もっとオープンで、もっと柔軟なコミュニケーションの場で、テーマも命題も限定しない。あえて言うならば、『新しいイノベーションを生むためにはどうしましょう』というのが課題なのです。
奈良先にはバイオ・情報・物質という3大研究分野の研究者が密度高く集まっており、歴史が浅い大学ゆえに研究者同士がフラットな関係なのも大きな強みです。
この魅力を活かして、ひとつの企業さんに対して専門の異なる複数の研究者(教員)が参加して、フリーディスカッションをします。NAISTではそれを『サークルディスカッション』と呼んでいます。固定概念に縛られることなく話し合いをすることで、おもしろいアイディアが出てきたら共同研究に発展させるも良し、国のプロジェクトに応募するも良し。専門分野が違うと、思考回路もまったく異なるので、思いもよらない化学反応が起きる可能性もあるのです」
また、このコンソーシアムを、即戦力として活躍できる人材の育成や学生の視野を広げる場所としても役立てたいと加藤教授は言う。
「本格運用はこれからですが、多くの企業さんや自治体さんに参加していただくことで、学生にとっては、世の中でどんな人材が求められているのか、どんなことに自分が貢献できるのかを知る機会になります。社会実装につなげるために、我々が考えていることと、現実に求められていることの乖離をできるだけ少なくできるのも、大きなメリットだと考えています。また、参加いただく企業さんには、PBL(課題解決型学習)やランチミーティング、各種セミナーなどへの参加を通して学生とのマッチングの機会となるような場も提供していきたいと考えています。社会に出た後も必要なタイミングで再び教育を受けて仕事と教育を繰り返す、リカレント教育に役立つ仕組みなど、さまざまな特典も考えているところなんです。
双方に大きなメリットがあるこのコンソーシアムの意義やポテンシャルを広く知っていただければうれしいですね」
大学などの教育・研究機関と民間企業、行政が連携して、事業創出や技術開発などに取り組む「産学官連携」が各地で進んでいるが、近年は金融機関も加わる「産学官金連携」も始まっている。NAISTでも、南都銀行とのパートナーシップのもと産官学金連携による「地域共創イノベーションエコシステム」の構築にも取り組みを開始した。圏域企業のニーズや課題を把握する金融機関とタッグを組むことで、大学リソースとのマッチングや産業課題の解決など、「共創」をテーマにした取り組みはまだまだ広がりそうだ。
環境に優しく人類に欠かせない技術「バイオテクノロジー」
バイオを専門とする加藤教授は、「バイオテクノロジーで社会貢献」をテーマに、新たなグリーン科学技術の研究開発に取り組んでいる。地球環境問題の解 決や豊かで持続可能な社会を構築するための有効な手段として注目されているバイオテクノロジーだが、そもそもバイオテクノロジーとは何か。加藤教授曰く「簡単に言えば、生物(人間以外)の持つ機能を使って、人間にとって有効なモノやサービスを提供する技術」である。身近なところでは、日本の伝統的な調味料である味噌や醤油をはじめ、日本酒もバイオテクノロジーの産物だ。
「歴史的にも日本はバイオに強い国。食用植物の中にはバイオ技術で品種改良されたものがたくさんありますし、医薬品や酵素入りの洗剤、それからインフルエンザや新型コロナウイルス感染症のワクチンもバイオテクノロジーの産物です」
実は加藤教授、カナダの製薬企業との共同研究で、オーストラリア原産のタバコの仲間であるニコチアナ・ベンサミアナを用いた、世界初となる植物由来の新型コロナウイルスワクチンの開発に携わり、生産の基盤技術の構築に大きく貢献した。
「植物の細胞に遺伝子を導入し、医療などに役立つたんぱく質を生産する研究が盛んに行われていて、新型コロナウイルスワクチンにおいても注目を集めています。
ニコチアナ・ベンサミアナに導入された遺伝子がウイルス表面のたんぱく質の遺伝情報を持つmRNA(メッセンジャーRNA)としてコピーされ、細胞内で読み解かれてたんぱく質が作られる『翻訳』という重要な働きがあるのですが、私はカナダの製薬企業との共同研究において、その翻訳速度(効率)を限界ギリギリまで高める、『翻訳エンハンサー』として機能する塩基配列を突き止めることに成功したのです。この成果は、共同出願して特許化されています」
コロナ禍で、一躍その名を知られるようになったmRNA。日本でも加藤教授をはじめ、多くの大学や製薬企業で研究が進められていたが、世界中に知れ渡ったのはファイザーとモデルナのワクチンだった。
ベンチャー企業であるモデルナが持っていた技術においては、まさしくデジタル、AI技術がカギを握っていたといえる。新型コロナウイルスの遺伝子配列を読み解き、効果的な抗体を発現させるためのmRNAをAIによって見つけ出したことで、ワクチン開発につながったのだ。
これからのバイオ分野の研究において、バイオインフォマティクスは不可欠であり、AIなどのデジタル情報処理技術を活用することにより、さらに革新的に発展していくだろう。
モノの価値を環境への負荷で計る時代へ
製造業でも、生分解樹脂や植物由来材料といった「サステナブルマテリアル」が主流になるなど、SDGsやカーボンニュートラルは避けて通ることのできない課題だ。今後、製造業にはどんな変化が起こるのか、加藤教授の考えを伺ってみた。
「国も重点投資分野と位置付け、GXに予算を投じています。これを追い風に、バイオ系のモノづくりをするベンチャーがたくさん立ち上げられています。
しかし、GXを実現するには元々、化学技術を使ってモノづくりをしてきたメーカーが主導するのが良いと私は思っています。なぜなら、今、化学プロセスで作っているものを100%バイオプロセスによって作ることはおそらくできない。もちろん、化学の比率を下げ、バイオの比率を上げることは必要です。その実現には、これまで化学プロセスでモノづくりをしてきた企業が、ハイブリッドでバイオ技術を取り込んでいくほうが早いはずです。日本のGXへのシフトはケミカルメーカーがこの変化をどう受け取るかが重要になってくると思います」
近年、ヨーロッパなどでは、製造工程でどれだけカーボンを排出したか、いかに環境に優しい素材を使っているかで製品が評価されるようになってきている。
「日本でも、使われる素材の一つひとつがどうやって作られたか、どんなエネルギーをどれだけ使ったか、トレーサビリティが確立されていることが重要になるでしょうね。これまでの機能性やコスト重視の考え方から環境重視へ、価値基準は大きく変わると思います。製造業にとっては、バイオテクノロジーをいかに事業活動に取り入れ、環境に優しいモノづくりをするかが今後の経営戦略のカギとなるのではないでしょうか」
また、製造業の中でも、「ニッチ」「隙間産業」などといわれる分野で、ビジネスチャンスが広がるのではと加藤教授は語る。
「既存の分野の狭間を埋めることで、領域と領域とがつながって大きなビジネスにつながることもある。そのために、我々の研究や技術を活用してもらえたらと思っています」
今後、「NAISTグリーンエコノミーコンソーシアム」が、製造業と共にどんなイノベーションを起こすのか楽しみである。
CDGデジタルグリーンイノベーションセンター
https://cdgw3.naist.jp/
News&Topics(大学広報)
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