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プロフィール
株式会社MaaS Tech Japan 日高洋祐さん
2005年、東日本旅客鉄道株式会社に入社。ICTを活用したスマートフォンアプリの開発や公共交通連携プロジェクト、モビリティ戦略策定などの業務に従事。2014年、東京大学大学院情報学環・学際情報学府博士課程において、日本版MaaSの社会実装に向けた国内外の調査や実証実験の実施により、MaaSの社会実装に資する提言をまとめる。2018年11月、MaaS Tech Japanを創業し、MaaSプラットフォーム事業などを行っている。共著に「MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ」(日経BP)、「Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命-移動と都市の未来-」(日経BP)がある。
コロナ禍が思わぬ追い風となり、交通事業者の連携が一気に進んだ
日高さんが推進している交通事業者間、産業間の連携について、手応えはいかがでしょうか?
2018年頃、日本で第一次のMaaSの潮流が来ました。日本が提唱する未来社会のコンセプトであるSociety 5.0。日本国内の成長戦略を描く「未来投資会議」において、公的資料としてMaaSが記載されました。これを機に、国内のMaaSの推進がうたわれ、その後日本版MaaSという言葉も誕生。さまざまな実証実験をしていく段階に入った頃、新型コロナウイルスの感染が拡大し、計画は次々と頓挫したのです。
その後、コロナ禍で人の移動が大幅に減り、交通事業者がかなりダメージを受けたのはご存じのとおりです。皮肉なことに、これが第二のMaaSの潮流になり、業界の再編の機運が進みました。交通事業者が10年後に来ると予想していた人口減少の影響が、コロナ禍による利用者減という形で前倒しになって降りかかってきたのです。
図らずも、交通事業者の危機感をつのらせる形になったわけですね。
第一次MaaSの潮流の頃は、いずれ来る利用者減少に対処すべきだとわかってはいても、「なぜライバル会社と協業しなければならないのか」「自社のデータを他産業に開示するなんてもってのほか」という判断がなされていたかと思います。
実際に利用者が減った状態を経験して、連携なくして未来は乗り切れないという考えが広がってきたかと感じます。国土交通省も、アフターコロナに向けた地域交通のリデザインを進めています。
政府は、MaaSの実現を目指す事業者の支援によりMaaSが高度化していますよね。どのように進んでいますか?
経済産業省と国土交通省が連携する「スマートモビリティチャレンジ」事業において、地域や業種を越えたモビリティデータ活用で高度なMaaSの推進に取り組む企業を公募し、課題解決や事業性、ユーザーの受容性の検証などが行われました。
2021年度は当社が採択され、モビリティデータを活用した異業種連携ユースケースの整理・具体化と、ペーパープロトタイプ構築を実施しています。データ利活用による受容性や実用性について検証するとともに、データ連携基盤導入・サービス構築に必要なアクションプランを検討しました。
当社で構築したMaaS(公共交通、自動車など)のデータが、省エネルギー、脱炭素、ドライバーリソース削減といった交通関連の付帯産業にどのような影響を与えることができるのかを調べるため、プロトタイプ開発と受容性調査を行いました。
官民の連携が進んでいる事例としては、熊本県熊本市の取り組みがあります。
熊本市では、市街地での慢性的な交通渋滞が大きな課題でした。自家用車依存率が高く、公共交通の利用率が低い状況ですが、逆に公共交通が使われていないと考えると、改善の余地があるんです。そこで、熊本市のプロジェクトでは、ピーク時の自家用車を減らし、公共交通を倍にして渋滞を半減させるという方針を立てました。
自家用車より早く移動できるバスレーンというバス優先道路を作るという検討アクションもあり、公共交通と自家用車とが共存する方法を模索しています。これは、日本でもMaaSレベル4、つまり、国や自治体、事業者が、都市計画や政策レベルで交通の在り方について協調していく段階に近い事例です。
異業種の参画も目立ってきたと感じます。
三井不動産は、2020年9月から千葉・柏の葉で「不動産×MaaS」の実証実験をしていましたね。現在は、その結果を踏まえて、日本橋や豊洲でもフィンランドのMaaS Global社が提供するアプリ「Whim(ウィム)」を使い、タクシーやバス、レンタサイクル、カーシェアリングのモビリティサービスを検索から予約までワンストップで活用できるサブスクリプション型MaaSの実証実験を行っています。
ソフトバンクとトヨタ自動車の共同出資会社であるMONET Technologies株式会社も「MONETプラットフォーム」を開発・運用していますし、かなり多くの実証実験が進められているのが現状です
MaaSによって変わる製造業の未来と在り方
製造業、特に自動車産業の動きで気になる取り組み、動きはありますか?
MaaSではモビリティを統合して連携して、都市の課題を解決しようとしていますが、一方で、ものづくり関連でも大きな転換もあると思います。興味深いところでいうと、やはり自動運転です。2023年4月から、特定条件下で完全自動運転ができるレベル4の公道走行が認められることになりました。
今後、一般乗用車もレベル4での自動運転が可能になれば、信号機の形が変わり、自動車の形や機能も変わっていくでしょう。実際、MaaS専用のEV車であるトヨタの「e-Palette(イーパレット)」は、前後が平らなバスのような形で、これまでの車とはだいぶ印象が異なります。
また、地方の物流と旅客輸送を一体化することで、ドライバーリソースを有効活用して事故を減らす経済産業省の取り組みでは、貨物車のような形をした車や、ロッカーのような物がついた車などが使われています。自動運転が広く普及すれば、車内の空間設計の自由度を利用して、医療機関そのものが車として動くようなアイディアも現実化するでしょう。
空振りを恐れず、狙いを決めて振ることで、イノベーションの勝ち筋が見えてくる
関西万博に向けて、空飛ぶ車も開発されていますね。
垂直離着陸できる都市型の空飛ぶ車は、ベンチャー企業も多く参入して開発競争が激化しています。リニアモーターカーや、イーロン・マスクが発表した真空のチューブ内を車両が高速移動するハイパーループなどへの期待も高まります。
ただ、技術革新への挑戦は、海外のほうが積極的な印象はあります。
海外に比べて、新しいものづくりが遅れがちなのはなぜだと思いますか?
日本はマーケットが存在しない状態では投資に踏み切れず、既存の物を改良したり、小粒な開発にとどめたりするケースが多い気がします。日本はインフラが高度にマネジメントされている分、法律や制度、事業者間の関係性などが、どうしても「維持」の方向に引っ張られがちです。
製造業は生産量を確保できないと投資判断が難しいので、その傾向が強い気がします。だからこそ、官民の日本全体の課題として投資が活況になる必要があります。そこは、私たちも業界全体をリードしていけるように動いていきたいと思っています。
製造業単体で、まず取り組めることがあれば教えてください。
まずは、自分たちが元々何屋なのかを再定義し、新たな市場を探すことが必要だと思っています。
そもそものベースとなる技術で新しいものづくりにチャレンジするのか、今の主力事業の切り口を変えて別事業を立てるのかを考えます。もし、今の事業に脱炭素文脈で少し手を入れることで新しい市場が見えてくるなら、ほんの少しの変化だけで良いかと思います。
一方、多少手を加えても、いずれシュリンクする可能性がある事業なら、思い切ってスタート地点まで戻ってまったく別の道を探す必要があります。自動車メーカーが製造でなくサービス側に移行したり、フィルムメーカーがフィルムを作る技術を使って化粧品を開発したりするなど、トランスフォーメーションに舵を切り始めています。
そもそもの技術力を活かして、自社にとって最も効率良く力を発揮できるスキームを模索し続けることが大事だと思っています。
イノベーションを起こすキープレイヤーには何が必要なのでしょうか?
イノベーションを起こそうとするキープレイヤーに求められるものは、あらゆる産業を俯瞰して見る能力です。
しかし、MaaSプレイヤーとして感じている課題感としては、今の体制では、現場に入るとどうしても目の前の課題や調整にリソースが割かれてしまうことです。海外のプラットフォーマーとしての人材は、可能な限り全体俯瞰してビジョンを考えることに集中する時間を確保する、もしくは企業の中でそうした役割として役職が確立しているケースが多く、日本でもそうできればベストだと考えています。
新たな市場の勝ち筋はどのようにしたら見えてきますか?
野球で例えると、狙う球を決めずにバッターボックスに立つと、ファールを連発して時間がかかる上、打率が下がって疲弊しますよね。それといっしょで、ストライクゾーンは狭くても、「ここに来たら確実に二塁打は打てる」「ここならホームランを打てる可能性が高い」といった得意なゾーンを見つけて、そこに思い切り振るのが良いと思っています。
同時に、そのゾーンの成功確率を徹底的に高める工夫をすることも大事です。
経営層は結果がすぐに出ないことに焦りを感じるかもしれませんが、いったん割り切って期間を切り、期間内なら何度空振りしてもいいから思い切り振らせること。期間中、10回振って全部空振りしてもいい。ただし、期間が終わったら空振りの質を検証して、ゾーンを変えるなり、社外からコーチを招くなりして、何らかの手を入れてからまた思い切って振っていくようにします。
一番良くない実証実験は、目的が漠然としていてフルスイングできないことです。終わってみると何となく成功っぽいのですが、本質的な問題点や課題の検証にはつながりません。
実証実験でもプロダクト開発でも、KPIを設定して全力を尽くし、達成までのパフォーマンスと結果の因果関係を明確に評価することで、成功までの最善・最短のルートが見えてくるはずです。
ありがとうございました。最後に、日高さんの今後の展望をお聞かせください。
私のように、車掌として実際に電車に乗っていて、MaaSに取り組むIT起業家は少ないと思います。脱線事故や震災で、移動の安心を維持することの重要性を肌身に染みて感じたからこそ、官民連携による安全な日本版MaaSを必ず作り上げたいですね。
これから私がフルで働ける時間は、おそらくあと20年程。交通の歴史では、長いようで短いです。私たちが築いた土台の上に、次の世代がもっと夢のある高度な産業を作っていけるように、できる限りパラダイムシフトを先導していきたいと思って動いています。
製造業の皆さんとも、MaaSで夢のある未来をいっしょに描いていけることを願っています。