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プロフィール
矢野貴文さん
1990年生まれ、岡山県出身。京都大学大学院電気工学専攻修士修了、博士後期課程退学。大学院修士課程中に起業し、2016年に会社を売却。その後、2018年に株式会社RUTILEAを設立。現在は同社で、「ゼロコードAI」と「AIがAIを教える」アイディアにより、製造業をはじめとする各種産業の作業自動化を実現するソフトウェアなどを開発。世界を視野に入れた事業を展開している。
公式サイト:https://rutilea.com/
はじまりは10年前の「Googleの猫」
矢野さんは大学・大学院で、統計学、画像認識、信号処理といった領域の勉強や研究に携わっており、AIとの出合いは2012年、AIがディープラーニングによって猫と犬の画像を見分けられるようになった「Googleの猫」が話題となったときだという。
「ただ、猫を識別できるようになって、それがAIだっていわれても…なんだか大げさじゃないですか(笑)。AIはさほど身近ではなく、理系の人間は「機械学習」という言葉を使っていましたね。
大学院では生体医工学の研究室に入って、生体のデータを取って、どんなことを考えているか予測する逆質問を専門でやっていました。そこで機械学習と接点を持つようになったんです。
僕は機械学習と接する時間は長かったんですけど、本当にAIが来たなと思い始めたのはこの2年間くらい。トランスフォーマーモデルが出てきたあたりです。さらにデータの生成で画像が作れる拡散モデルが出始めたときは、これはもうそろそろAIと呼んでいいかなと思い始めました」
RUTILEAを創業したのは、最初の会社を売却した2年後の2018年だ。
「実は最初からAI分野で勝負しようとRUTILEAを始めたわけではないんです。当時は最初の会社を売却した後で、世界中を旅しながら、次は何をやろうかなと考えていました。
ところがその頃、知人が検査AIの会社を5億円ぐらいで売却したと聞いたんです。称賛の気持ちも抱きつつ、もしも自分が同じことやったら10倍ぐらいはいけるんじゃないかと思いました(笑)。
それに、検査をAIで自動化するというソリューションは需要がある、市場はこの先もなくならないとも考えました。メーカーは多く、優れたソフトウェアを作れば売り先はいくらでもあります。そもそも、日本の企業家の中で、IT産業でしっかりと成功した人はまだいないんです。やるなら純粋にソフトウェアテクノロジーの世界で一番になりたい、そう思ってAIテクノロジーで事業を立ち上げることにしました」
オープンソースでリリースした「SDTest」
2019年にRUTILEAは「SDTest」をリリース。SDTestは、生産現場の検査機器などに組み込んで検査の自動化をサポートする高精度のAI外観検査ソフトウェアだった。オープンソースでリリースしたことも話題となり、さまざまなジャンルの顧客にリーチできる結果となった。
「外観検査はユーザーも多くいます。でもBtoBは顧客リーチが難しいですよね。そこをうまくやるために、みんなが絶対にやらないことをやったら注目度が高まると考えて、オープンソースを選んだんです。メーカーが導入の検討をするとき、オープンソースのソフトウェアがあれば確実にコンペの候補に入ってきそうじゃないですか。リーチできないとPMFも何もはじまらない。手っ取り早そうなのはオープンソースかなという発想です」
ただ、RUTILEAの知名度は上がったものの、提供方法によって価格や契約が変わるというデュアルライセンスのビジネスモデルはあまり理解されなかったそうだ。それでもグローバルを相手にするならオープンソースは有効な初手だとも矢野さんは言う。ハイバリューなプロダクトのオープンソースでシェアを取ってしまえば、そのプロダクトをライセンスごと欲しいという大企業が現れる可能性もあるからだ。
ゼロコードAIが導入を加速させる
AIは言語に依存しない技術なので、世界を相手にするのに向いている。AI画像認識や画像解析、画像処理などの技術は、日本でもアメリカでもそれ以外の国でも、製造業を中心に大きな需要があるのだ。
「けれど、それはAI技術を実用的なソフトウェアとして商品化できたらの話です。2019年くらいからAIだけで突き進むのは難しいと思っていて。AIはまだ弱いから、何かで補わなくてはならない。そのための工夫をするなかで行き着いたのが『ノーコード』です」
実際に、RUTILEAが2023年にリリースした「ImagePro」は、ノーコードで画像処理プログラムを構築できる開発ツールだ。しかし、ノーコードはゴールではなく、まだ発展途上の形態なのだという。
「ノーコードとは、コードを書かなくてもマウス操作などでプログラミングができるということです。でも、専門でない人が実際にこの操作をするのは大変なんですよ。シナリオを組むようなことはなかなかできないので。ノーコードにすることで僕たちの社内での工数は減りましたが、実際に製造現場などに導入するときはやはり専門家が操作して開発をしなければならない。なので、本当はノーコードの先のゼロコードをやりたいんです。RUTIEAはもうじきその『ゼロコード』を実現する予定です」
「ゼロコードの実装に漕ぎ着けたのは、これまでやってきた積み重ねの結果です。大量に事前学習済みモデルを作れば、少量のデータで不良品の判定ができる。さらに転移学習の技術なども組み合わせれば、現場でリアルタイムに物体の特性を推論して、アイテムを瞬時に識別できるようにもなります。ごく簡単にいえば、それがこのゼロコードの基本的な仕組みです」
矢野さんの考えでは、こうしたノーコードからゼロコードへの移行は、AIを本当に便利な道具にするために欠かせないプロセスだ。
「AIって究極的にはドラえもんみたいなモノですよね。『これやって』って言ったらすぐにできるようになるのが理想。AIをそれぞれの生産現場などに合わせて個別にカスタマイズするというのは、AIが強くなれば必要なくなります。AIが強くなってくるとそれほど深い指示命令がなくても実行してくれるようになる。カスタマイズなんかすることなく、いきなりAIが自分で必要な作業をしてくれるようになる。このことは、かなり以前から思っていて、今はそれがようやく形になってきたところです」
AIがAIを教えるという進化の道筋
「Googleの猫」の時代から、AIは爆発的な進化を遂げている。
「人間は目や耳が2つずつしかありませんが、AIは目や耳をたくさん付けている状態です。しかも休むこともなく寿命もない。なので、進化のスピードが人間よりも圧倒的に早いんです。LLM(大規模言語モデル)のChatGPTなどは、考えてみると世界中に数えきれないほどの耳を持っているようなものです。僕たちもAI同士で『モデルを共有すること』ができる仕組みづくりに積極的に取り組んでいます。つまり、AIが生成したモデルやデータを使ってAIをトレーニングする、つまり『AIがAIを教える』構造です。これらによりポジティブフィードバックを続けていくというのが、現在のAI分野が目指すべき道筋だと思います」
「強いAI」という言葉がある。人間と同じように思考し、理解し、意思を持つAIのことだ。では、急激に知性を深めていっている「強いAI」は、製造業にどんな変化をもたらすだろうか。
「1つは、製造における歩留まりを良くする設備利用効率の向上はイシューだと思っています。これはLLMと相性が良く、例えば機械をどう使ったらいいかとか、どんな設定にするとどんな品質の製品が出てくるかといったことをAIに聞けば、即座に回答を得られるようになるんじゃないでしょうか。また、自動車のリコールにも注目しています。日本車のリコールは年間500万台くらいあるんですが、よく見ると似たようなミスを繰り返しているんです。世界中のリコール情報を収集するLLMを作ってリスクの洗い出しをさせたら、リコールをかなり減らせるでしょうね」
シンギュラリティはすでに局所的に起きていると矢野さんは言う。分野によってはAIが人間を超えた働きをするようになっており、その範囲は広がっていくだろう。今後、ほとんどあらゆる業界で、AIを前提としたビジネスの在り方をデザインすることが求められるようになる。製造業はそれが最も早く実現される業界になるかもしれない。