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3ステップで目指す国家戦略 先端ロジック半導体の開発・製造技術確立
今回のシンポジウムでは、日本を舞台とするロジック半導体のキープレイヤーが集い、ディスカッションが行なわれた。開催の挨拶として、応用物理学会会長の東京大学教授 平本 俊郎氏は、日本の半導体業界はメモリやイメージセンサーについては非常に強い競争力を持っているものの、ロジック半導体についてはかつての競争力が失われていたと振り返り、2021年に「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2021」に、先端半導体の製造基盤強化やサプライチェーン強靱化を推進することが政策として盛り込まれたのが、復活に向けての大きな転機となったと述べた。
その後、世界最大のファウンドリである台湾積体電路製造(TSMC)とソニーグループの合弁による半導体新工場が熊本県に建設されること、さらに日米の連携によって「Beyond 2nm」と呼ばれる次世代半導体技術基盤の実現を担うRapidusが発足。IBMと連携して北海道に工場を建設する計画が進められており、同時に日米が連携しながら半導体生産技術の基礎開発に取り組む研究拠点「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」が設立されたこと。こうした事例を挙げ、日本の半導体業界がスピード感を持って大きく変わろうとしていることへの大きな期待を語った。
本記事では、経済産業省 商務情報政策局 情報産業課長の金指壽氏、JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)取締役社長の堀田祐一氏、Rapidus代表取締役社長 小池淳義氏の講演を中心に、国、JASM、Rapidusそれぞれの戦略を紐解く。
金指氏は産業競争力が低迷した「失われた30年」の要因としてデジタル化の遅れを挙げ、イノベーション創出に必要なエコシステム構築への経産省の考え方を、すり鉢状のコンセプトで示した。
取り組みが目指すのは、国内投資とイノベーションの創出により所得拡大を実現することにある。今後あらゆる分野のデジタル化・DXが不可欠であるとし、産業や社会に新たな付加価値を創出し、社会課題を解決するために、デジタル基盤の整備を進めていく。
デジタル人材基盤という広がりの上に、全ての産業を根幹として支える半導体や蓄電池など基盤技術をすり鉢の底辺とし、その上の5Gやデータセンターなどデジタル社会実装基盤、さらにその上にクラウドやサイバーセキュリティなどのデジタル産業基盤までの3層が一体として、産業・社会のデジタル化、DX、GXを支えるというコンセプトだ。
最終的には、この3層が支えるあらゆる日本の産業が最先端の半導体技術をどう使いこなしていくのかが国際競争力を決めるカギとなると言及。半導体産業復活に向けて、次に挙げる3ステップで政策を展開していくとした。
今回の主要テーマである「日本の半導体産業復活の基本戦略」は、「Step1:IoT用半導体生産基盤の緊急強化」、「Step2:日米連携による次世代半導体技術基盤」、「Step3:グローバル連携による将来技術基盤」の3ステップで構成されている。
具体的にはStep1として、足元のIoT 向け半導体生産基盤を強化するための量産体制を急ピッチで支援している。この代表的なプロジェクトが「JASMの戦略」で触れるTSMC/JASMの事業であり、その次のStep2が、最先端の半導体技術、産業基盤を国内でどう作り込んでいくのか、これが「Rapidusの戦略」となる。そしてStep3では、日本発の技術でもう一度ゲームチェンジを起こすことも含めて、「光電融合技術」や「光チップレット」などの新技術開発プロジェクトに対して、長い視野に立った開発支援を行なっていると説明した。
骨太方針2021に続き、先端半導体の製造基盤整備への投資促進を狙った5G促進法及びNEDO法が改正され(2022年3月施行)、令和3年度補正予算で6170億円を計上。そしてJASMの支援を決めたのが2022年6月と相当なスピード感を持って進めていることを強調した。JASMの内容については、後ほどJASMの堀田祐一社長の講演で触れるが、日本の産業構造を考えると自動車産業を中心としたエッジ領域、IoTビジネスのニーズが強いため、JASMは2024年12月出荷を目指して熊本に、22/28nm、12/16nmというプロセスノードの工場を1棟目として建設中であり、2棟目についても、今後の経済政策、補正予算の中でどのような支援ができるのかを検討するとした。
こうした投資は、EBPM(証拠に基づく政策立案)という視点から政策評価を定量的に分析しており、JASMとキオクシアらに対して最大で5700億円程度の投資を行うと決めているが、どのようなモデルに基づく試算でも将来の税収効果として回収可能であり、さらにGDPについても3.1~4.1兆円という高い効果があると試算している。
分析対象 | 事業者 | 生産対象 | 場所 | 設備投資額 | 最大助成額 |
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TSMC・JASM | 先端ロジック | 熊本県菊陽郡菊陽町 | 86億ドル規模 | 4,760億円 | |
キオクシア等 | メモリ(NAND) | 三重県四日市市 | 2,788億円 | 929.3億円 |
(※)対象期間:事業実施期間(設備投資期間+継続生産期間(10年間)
結果概要 | 経済モデル | GDP影響額 | 雇用効果(延べ) | 税収効果等 |
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①直接評価モデル | – | 約3.6万人 | 約6,000億円 | |
②産業連関分析 | 約4.2兆円 経済波及効果は9.2兆円 |
約46.3万人 | 約7,600億円 | |
③CGEモデル ※割引前の効果 |
約3.1兆円 | 約12.4万人 | 約5,855億円 約9,793億円 (社会保険負担含む) |
(※)現状の日本経済を前提とした分析であり、実際の経済波及効果は今後の市場等によって変動する点に留意。CGEモデルについては、助成による「国内での技術革新及び将来の追加的投資等」を加味したシナリオの結果を記載
国内外の連携によるBeyond 2nm次世代半導体技術基盤の確保
次にステップ2の取り組みだが、2030年代には自動車やAI分野での先端ロジック半導体に対する需要がさらに高まると考えられるため、今から最先端のロジック半導体を作る基盤を国内で整える必要がある。国内の半導体給能力をしっかりと確保し、大口ユーザーが最先端のロジックにアクセスできることが重要だと考え、Rapidusのサポートを決めたと話した。そして、学術界との連携については、次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けて2022年に設立したLSTCの枠組で実施していく。
なお、Rapidusは北海道千歳市での最先端半導体工場建設を発表し、2025年に試作ライン、2020年代後半に量産ラインを立ち上げることを目標としている。先端ロジックファウンドリとしての事業化に関しては、国内向けにとどまらず、海外との補完関係をどのように作っていくのかを意識しながら開発、製造をサポートしていくとした。
米国や中国など世界各国が、経済安全保障の観点から重要な生産基盤を囲い込むため、数兆円規模の支援策を実施しており、投資競争の様相は否めない。2023年5月に開催されたG7広島サミットでは、本格的に経済安全保障について議論し、「強靭で信頼性のあるサプライチェーンに関する原則」を表明、半導体や蓄電池などの重要物質について、世界中のパートナーシップを通じて、強靭なサプライヤーチェーンを強化する旨を合意している。加えて、日本の強みである半導体製造装置や材料業界との連携を特に半導体パッケージの領域で進めていく動きがあるとし、これまでロジック開発など前工程が注目されていたが、これからは後工程でいかに海外と連携していくのかということも大きなポイントになるという見方を示した。その上で半導体の国際協力については、産官学それぞれの分野で、競争と協調の両面があることを意識しながら進めていくべきという考えを明らかにした。
各国・地域の半導体に関する政策動向
各国・地域が、経済安全保障の観点から重要な生産基盤を囲い込むため、異次元の支援策等を実施。
国・地域 | 政策動向 |
米国 |
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中国 |
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欧州 |
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台湾 |
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韓国 |
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金指氏は講演の最後に、半導体人材の育成に関する取り組みと、生成AIに関する個別戦略についても触れている。
日本における生成AI開発の現状は、AI開発に必要とされるエクサフロップクラス(1秒間に100京回)の計算能力へのアクセスが決定的に不足しており、産総研の0.8EFLOPSを約人で共同利用しているのが現状だとした。今後は国内で大規模言語モデル(LLM)開発を手掛ける企業やスタートアップをどのように支援していくのか、最終的には各業界の中で生成AIをどのように活用するかといった課題も横たわる。AI開発に必要な計算資源の確保、基盤モデルの開発と並行して、業界ごとに必要なデータとアプリケーションが異なるという状況を踏まえ、データ提供とAI開発というサイクルを短くするための個別業界ごとのエコシステム整備、この3点について取り組んでいくと述べた。これによって半導体とユーザー側の企業の距離を詰めること、それを担うのがソフトウェアのAIであり設計だというのが、政策としての全体像の考え方だとした。
Fin型生産基盤の強化で10年間のギャップを埋める――JASM
続いて、JASM取締役社長の堀田祐一氏が、「JASMの現状と今後の展望」として講演を行なった。JASMは、もはや一企業以上の存在感を持つ台湾の半導体専門ファウンドリーであるTSMCの子会社で、ソニーセミコンダクタソリューションズとデンソーが少数株主として参画する。TSMCは、100%専門のファウンドリーのため、半導体のビジネスにおいて顧客と競争せず、トータルソリューションサービスの提供によって、長期的なWin-Winの関係を構築できるという強みがある。
堀田氏によると、JASMが進めている22/28nm、12/16nmというプロセスノードは、先端ロジック半導体ではなく、同社が「スペシャリティ・テクノロジー」と定義する領域だ。
具体的にはイメージセンサー向けの信号処理を担うISP(イメージシグナルプロセッサ)および車載向け半導体を製造することになる。特に国内にはデジタルカメラなどに使われるCOMSイメージセンサーや車載マイコンに強いメーカーが多くあり、現在40/28nmプロセスを中心に提供しているが、将来的に12/16nmへと世代がマイグレーションしていくことを想定している。特に同社が今後成長を期待している領域として次世代の「スマートカー」を挙げ、自動車が今よりも安全かつスムーズな乗り物へと進化していくために、非常に多くのスペシャリティテクノロジーICが必要になるだろうという見方を示した。
また、環境負荷の高い半導体製造にあって今後重要となっていくグリーン・マニュファクチャリングについても言及した。熊本新工場については、稼働開始時に100%再生可能エネルギーの利用と、取水した以上の量の水を地下に戻す、取水量100%以上の地下水涵養(かんよう)実施をすることで、2023年5月に熊本県と同意している。
堀田氏は最後に半導体産業の集積例として、TSMC台南サイトを例として取り上げた。
TSMCは、1997年に台南で未来十年投資計画を掲げ、「サトウキビ畑をシリコン畑へ」を合言葉に台南サイエンスパーク初の半導体工場を建設している。そしてわずか3年後には世界初の12インチウエハー試作ラインを確立し、今ではTSMC台南の従業員数はTSMC台湾全体の3分の1以上を占めるほどの急成長を達成した。
熊本県菊陽町へのTSMC進出に対しても、今後熊本を中心に半導体メーカーの集積が進むことで、サービスや材料、物流といった関連企業が進出しやすくなり、地域の総合力が高まっていくことに対する期待を示した。
日米連携で2nmノードの製造、産学連携でさらなる先を目指す――RapidusとLSTC
続いて、再起の基盤となる2nm超のロジック半導体量産を掲げる民間企業のRapidusから代表取締役社長の小池淳義氏が、「Rapidusが目指す世界 –その戦略と展望」と題して講演を行なった。
小池氏は初めに半導体業界の状況に触れ、日本は半導体出荷高の国別シェアで1990年ごろにアメリカを抜いてトップになったが、その後右肩下がりに低下し、数々の国プロや企業再編も十分な効果を出すには至らず、2020年には6%まで落ち込んだことを話した。
この日の丸半導体の凋落について、一般的には日米半導体摩擦やデジタル産業化の遅れ、自前主義の弊害などがあると言われているとしながら、半導体業界に関わってきた自身の振り返りも込めて、そこには「おごり」があったという。当時は自分たちが何でもできるという思い上がりがあり、そのため国際的な視野に立って他国と協調して高い付加価値をつけていくという考えがなかったのではないかという持論を述べた。加えて、日本に代わってシェアを伸ばした中国やアメリカなどは、半導体産業を国家戦略として5兆円を超える支援を実施したこと。韓国に至っては32兆円という巨額の財政支援で、官民一体となって取り組んだことを挙げ、官民一体で取り組むことの重要性を訴えた。
このような考え方のもと、Rapidusは、GAAプロセス(2nm世代)の開発に成功していたIBMと、2022年12月に戦略的パートナーシップを締結し、2nmノード半導体の集積化技術を含むIBMの先進的な半導体研究開発力を活用し新工場に導入するとしている。小池氏は、2nmという最先端ノードの半導体製造開発について、設計コストが従来の10倍と指数関数的に増大しており、サイクルタイムも従来の半年程度から3年以上と非常に長くなっており、これに対する決定的な答えがいると、取り組むべき課題を説明した。
これに対しては、従来の「Design for Manufacturing(DFM)」 という考え方だけでは十分ではなく、製造から設計を見直す「Manufacturing for Design with AI & Advanced sensor(MFD)」が必要だとし、DFMとMFD両方のループによる「DMCO(Design-Manufacturing Co-Optimization)=設計製造の協調最適化」が必要だと述べた。具体的には従来のバッチ処理の100倍のデータが取れるという「全枚葉プロセス」を採用することで、AIとセンサーによって製造データから設計へのフィードバックを行うMFDを実現するとした。
次世代半導体の量産基盤体制の構築は、オープンな研究開発拠点としてのLSTCと、量産製造拠点としてのRapidusを両輪として進めていく。加えてRapidusは2022年12月に、ナノエレクトロニクスとデジタル技術分野における世界的な研究機関であるベルギーのimecと、次世代半導体の開発に関する協力覚書(MOC)を締結。そして2023年4月には、先端半導体研究の領域で長期的かつ持続可能な協力を強化するため、imecのコアパートナープログラムに参加することを発表している。
2023年2月には、先端半導体製造工場建設予定地として、北海道千歳市を選定し、2023年3月にはIBM Albanyに70人を超えるエンジニアを派遣している。新工場パイロットラインとなる「IIM-1(Innovative Integration for Mfg.)」は2025年に竣工予定、2027年までに技術移転を完了し、2027年中に量産開始するという計画だ。
北海道では行政と協力し、苫小牧、千歳、札幌、石狩を結ぶ一体をDX/GXの産業拠点とする「北海道バレー構想」を推進するとし、国際的な技術連携のもと、再び世界の半導体エコシステムにおいて主導的な立場を取り戻すためのロードマップを明らかにした。
まとめ
本記事では日本の半導体産業を牽引するキープレイヤーの講演を紹介した。今後も需要拡大が確実な半導体に、自動車産業を始めとする国内製造業の主要ユーザーが確実にアクセスできることが至上命題であるという考えは、官民に共通するものだった。そして、その実現には地域と一体となったエコシステムの構築が必要だという結論に至った。
その上で先端ロジック半導体の国産開発に向けては、産官学連携による技術基盤の確立に加え、AIやセンサーを活用した開発・製造プロセスのブレークスルーが急務だとしている。