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全樹脂電池とは
全樹脂電池は、全樹脂電池とは、集電体やセパレーターを含め、電池の主要部材をすべて樹脂で構成したリチウムイオン電池のことです。
ここでは、全樹脂電池の仕組みや全固体電池との違い、開発者について解説します。
全樹脂電池の仕組み
全樹脂電池の特徴は、従来の電池と異なる構造の「バイポーラ型」を採用し、以下に記載しているように電池部品に金属を使わず構成されていることです。
- 電極(正極と負極):電池内の正極と負極は、樹脂製で構成されている
- 電解液※1(ゲル状樹脂):従来の液体電解液をゲル状の樹脂に置き換えている
- 集電体※2:バイポーラ型構造により、電流が集電体に対して垂直に流れる
通常の電池は正極と負極が別の物質で構成されています。一方、全樹脂電池は1つの集電体が両面に正と負の両極をもつ「バイポーラ型」と呼ばれる構造です。
全樹脂電池は電極や電解液の樹脂による革新的な設計により、効率的で高性能なエネルギーを供給できるため、幅広いアプリケーションに適しています。
※1:電解液とは、イオン性物質(電解質)を水などに溶解させて作った電気伝導性を有する溶液です。
※2:集電体とは、電池ケース内の電極体に保存された電力をケースの外に取り出すための部品(通常は金属)です。
全固体電池との違い
全樹脂電池と全固体電池は、どちらもリチウムイオン電池の一種ですが、全固体電池とは液体電解質を用いない電池を指し、固体電解質を使うことで高い安全性や高エネルギー密度、長寿命などのメリットがあります。全樹脂電池と同様に次世代電池として、特にEV車の分野で注目されている電池です。
全樹脂電池と全固体電池の違いは下表のとおりです。
特徴 | 全固体電池 | 全樹脂電池 |
電解液 | 固体状 | 樹脂 |
集電体 | 金属部品 | 樹脂 |
安全性 製造コスト |
液漏れのリスクが低い 製造コストが高い、形状自由度が低い |
爆発や発火のリスクが低いない 量産後は製造コストが安く、安全性が高い、形状自由度が高い |
全固体電池は高い安全性やエネルギー密度を提供します。しかし、実用化には技術的な課題が残っており、おもにEV車の大容量バッテリー開発が進行しています。
一方、全樹脂電池は低コストで製造でき、爆発や発火のリスクが低いため再生可能エネルギーの蓄電のほか、生活や医療分野でも活用が期待されています。
開発者について
全樹脂電池の開発者である「堀江英明氏」は日産自動車出身のエンジニアです。日産リーフのバッテリーシステム開発に携わった経験を活かし、従来の液体電解質を使ったリチウムイオン電池の課題を解決するべく、全樹脂電池の開発に取り組みました。
堀江氏は全樹脂電池の開発において、以下のポイントにこだわりました。
- 高い信頼性
- 高エネルギー密度
- 形状やサイズの柔軟性
- 革新的な生産プロセス
4つのポイントを実現するために、集電体に対して垂直に電流が流れるバイポーラ構造と、基本的な部材をすべて樹脂で構成する構造を採用しました。
堀江氏は2018年にスタートアップ企業のAPBを設立し、三洋化成工業の支援のもと全樹脂電池の開発を進めてきました。2021年には福井県越前市に生産工場を建設し、量産化に向けた準備を進めています。
全樹脂電池とは
全樹脂電池の特徴は、下記の3点です。
- 電池が急激に発熱する心配が無い
- 電極をゲルポリマーで構成
- 樹脂構成のため形状の自由度が高い
それぞれについて詳しく解説します。
電池が急激に発熱する心配がない
全樹脂電池の大きな特徴は、異常時に電池が急激に発熱する心配がないことです。
開発者の堀内氏によれば、通常のリチウムイオン電池は異常時に発熱するリスクがあり、最高温度が600~700℃に達する可能性があるとされています。高温になるのは電池内の金属電極とセパレーターとが接触することによるものです。
しかし全樹脂電池では金属の部材が存在しないため、異常時であっても電流は急激に増加しにくく、最高温度も100℃に制限されるといわれます。
全樹脂電池は高い安全性があり、発熱のリスクを低減できることから大容量の蓄電用途での利用が期待されています。
電極をゲルポリマーで構成
全樹脂電池の特徴の2つ目は、電極をゲルポリマーで構成している点です。ゲルポリマーは高分子ゲル電解質の一種で、高分子が3次元の網目構造を形成している半固体の物質を指します。日常では食品やコンタクトレンズ、赤ちゃんおむつなどに使われています。
なお、全樹脂電池の基本部材に金属は一切使われていません。活物質を結合する多機能なポリマー界面を提供することで、電子伝導性とイオン伝導性のネットワークを実現しました。
さらに電極をゲルポリマーで構成したことで、従来型の電解液よりも液漏れや発火のリスクを低減しました。
以上の特性は、スマートフォンなどの携帯電子デバイスから再生可能エネルギー貯蔵装置まで幅広い用途に適しています。
樹脂構成のため形状の自由度が高い
全樹脂電池で使用されるゲルポリマーは柔軟性が高いため、電池をさまざまな形状に成型できます。たとえば、身近なスマートウォッチから大規模蓄電池まで用途や出力に応じた対応が可能です。
また、電池セル膜の厚さを容易に調整できる点も利点が多いといえます。電池のエネルギー密度や出力は膜の厚さに依存しているため、特定のアプリケーションや製品に最適な電池を設計し製造することが容易になります。
樹脂で作られたバイポーラ構造は通電距離が短く、電気抵抗が低減できる利点があります。樹脂の電気伝導性が効果的に活用されるとともに、配線が不要であるため成型デザインの柔軟性を確保できます。
全樹脂電池のフレキシブルな構成要素は、エネルギー貯蔵技術の応用範囲を広げ、持続可能なエネルギー源の開発に役立つと考えられます。
全樹脂電池のメリット・デメリット
全樹脂電池は現行のリチウムイオン電池に比べて、発火の危険性が低い上に容量が大きい特長があります。さらに、全固体電池よりも大容量で安全性が高い特長もあります。加えて樹脂は加工が容易なため、量産コストを大幅に下げられる可能性もあります。
ここでは、全樹脂電池のメリットやデメリットについて解説します。
全樹脂電池のメリット
全樹脂電池の開発と製造の中心を担うAPBによれば、全樹脂電池のメリットは下記の3点です。
- 信頼性と安全性
- 低コスト
- 自由な形状設計
全樹脂電池は樹脂で作られたバイポーラ構造により、通電距離を短く電気抵抗を低減できる点がメリットです。ショートしたときでも大電流が流れにくく、急激な温度上昇や発火、爆発のリスクを低減できます。
従来のリチウムイオン電池に比べて、製造プロセスが簡略化できるため、製造コストを抑えることができます。
従来のリチウムイオン電池の製造に必須だった電極の乾燥工程が不要となったため、設備だけでなく時間も削減でき、低コストでの製造が可能となりました。
さらに全樹脂電池は多彩な形状デザインが可能です。膜の厚さを調整すればエネルギー密度や出力も自由に変えられ、さまざまな製品に応用できます。
ゲルポリマーの採用と新しい構造を実現した全樹脂電池は、次世代の電池技術として注目されています。
全樹脂電池のデメリット
全樹脂電池のデメリットは、主に以下が挙げられます。
- 実用化に向けた研究開発がまだ進んでおらず、市場投入には時間がかかる可能性がある
- 参入企業が少ない
全樹脂電池は、まだ実用化の初期段階であり、製造技術が確立されていないため量産化が難しい状況にあります。そのため、現状は製造コストが高くなってしまいます。
全樹脂電池の課題点
全樹脂電池のデメリットを紐解くと解決すべき課題が見えてきます。ここでは、リチウムの供給と量産化に伴う技術や、資金調達に関する課題について解説します。
リチウムの供給に対する懸念
リチウムの供給に対する懸念は、全樹脂電池技術の利用に関連する重要な課題です。リチウムの主要産出国は豪州、中国、チリ、アルゼンチンであるため、日本は海外からの輸入に頼らざるを得ません。
近年、EV市場の世界的な急成長に伴いリチウムへの需要が増加しており、その供給に対する懸念が広まっています。
日本独立行政法人 エネルギー・資源鉱物資源機構(JOGMEC)『リチウムの需給動向と最近のトピックス』では、下記のような動向が示されています。
年 | 需給状況 | 価格 |
2018~2020年 | 供給過剰 | 価格低迷 (新型コロナウイルス感染拡大による景気低迷) |
2021年 | 需要急増 | 価格高騰 (EV向けリチウムイオン電池需要が急激に増加) |
2022年春 | 供給懸念 | 価格高騰 (ウクライナ侵攻を受けた影響) |
2022年秋 | 中国での需要急拡大 | 11月に最高値 (豪州産精鉱の高騰) |
2022年冬 | 需要下方へ | やや下がる (中国での春節前の在庫整理) |
2023年 | 中国需要の低下 世界供給の増加 |
2022年までの高値から急落、半減 (中国EV補助金終了・ICE自動車在庫処分安値) |
上記の状況から、全樹脂電池を含む電池技術はリチウム供給に依存していることがわかります。現在、リチウムの供給増加が期待されていますが、その速度や効果については不透明な要素が多いため、業界関係者は慎重な姿勢をとっています。
量産化に伴う技術の確立や資金面での懸念
全樹脂電池の量産化に向けて必要な技術開発や資金調達に関する課題について解説します。量産化にっ向けた懸念事項は下記の2点です。
- 新しい製造工程の導入
- 多額の資金調達
全樹脂電池は従来のリチウムイオン電池と異なる製造工程を必要とするため、製造技術を一から確立することが求められます。これは電池内部を真空状態にする工程など、新しい技術が含まれることを意味します。製造工程の各ハードルを少しずつ乗り越えてはいますが、安全性の確保が今後の課題です。
低コストで製造できる利点を生かし量産化するには、初期段階での資金投入が必要です。しかし、実際は相応しい数のパートナーを見つけることは困難のため、量産が計画通りに進まない状況にあります。
全樹脂電池実用化に向けた動き
全樹脂電池はさまざまなメリットがあり、将来の電力供給において重要な位置を占めると期待されています。量産化に関する課題はありますが、企業の連携は少しずつ進んでおり、実用化をめざす動きが見られるようになりました。
全樹脂電池の実用化に向けた動きは次のように進行しています。
- 出資と設備投資:021年にはトヨタを筆頭にさまざまな企業が技術投資
- 量産工場の設立:三洋化成工業とAPBは新工場を福井県に設立
- 世界エネルギー企業と連携協定:2023年3月にJOGMEとサウジアラムコムが連携
APBと三洋化成はグンゼの導電フィルムや積層フィルム技術を基軸とした樹脂製集電体の開発を進め2025年以降の実用化を目指しています。開発した全樹脂電池にはJFEケミカルのハードカーボンや、帝人のカーボンナファイバーなどのAPBに出資した企業材料も活用されるなど企業の連携が進行中です。
全樹脂電池の今後の展開
今後、全樹脂電池によって以下のような特長を活かすことで、さまざまな用途での利用が期待されます。
- リチウムイオン電池と同じ容積でも高いエネルギー密度を実現
- 製造プロセスの簡素化によるコスト削減
- 熱や衝撃に強く安全性を確保
- 高い耐久性による長寿命化
- 自由度の高い形状
今後は、定置用電池としての期待が高まっており、主に「次世代エネルギー蓄積システム」での利用が期待されています。たとえば、ビルなどの大型施設の「定置用電池」として活用されることが想定されています。
定置用電池は安全性とコスト削減が重要視されているため、発火リスクがなく低コストでの製造が可能な全樹脂電池は、そのニーズを満たせる可能性があることから期待が高まっています。
また、UAV分野での活躍も期待されています。全樹脂電池は成層圏を飛ぶ基地局「HAPS(High Altitude Platform Station、高高度長時間滞空型無人航空機)」のバッテリーの候補とされています。
HAPSは軽量化がとても重要で、リチウムイオン電池では重すぎるという問題があります。また同じ理由から、小型のドローンやUAV(無人航空機)分野での利用にも期待が高まっています。
まとめ
全樹脂電池は電極がゲルポリマーで構成されているため、急激な発熱のリスクが低く、安全性が高いという特長をもつ電池です。また、樹脂構造により高エネルギー密度の実現と自由な形状デザインが可能で、さまざまな用途に適しています。
全樹脂電池を量産化するにはいくつかの課題がありますが、企業連携を通じて開発や実証実験がおこなわれており、将来の実用化に向けた動きが継続しています。全固体電池とともに、次世代型の電池である全樹脂電池の開発や生産の動向を今後も注視していきたいところです。