Contents 目次
人的資本経営とは
人的資本経営とは、企業が人材を「資本」とみなし、資本の価値を最大限に引き出して中長期的な企業価値の向上につなげる経営手法のことです。
人的資本経営が注目されるまでは「人材は資源」であり、コスト削減の対象として捉えられていました。人的資本経営では、人材を「資本」とし価値や利益を生む存在とされています。
人材が持っている個性を充分に育成・活用することで、企業価値が向上し、利益が還元される好循環が生まれると考えられます。
人的資本経営が重要視される背景
人的資本経営が最重視されるようになった背景は、以下のとおりです。
- 人材の国籍や働き方が多様化
- ESG投資が浸透
- 経済産業省が重要性を強調
- デジタル技術の発展による人材の価値の向上
それぞれの背景について、詳しく解説します。
人材の国籍や働き方が多様化
少子高齢化による労働人口の減少が深刻であり、企業では外国人労働者や非正規雇用・シニア世代など様々な人材を積極的に採用する動きが生まれています。働き方にも多様性は求められるようになり、時短勤務やリモートワークなど新しい働き方に取り組む必要性が出てきました。
このような社会の変遷を踏まえて、一人ひとりの事情や状況に合わせた柔軟な勤務形態で「個」を最大限に活かす活動が注目されています。パフォーマンスを引き出す人的資本経営が、企業の持続的な成功に向けて不可欠であるとの認識が広まっています。
ESG投資が浸透
ESG投資が浸透したことで、人的資本経営に注目が集まっています。ESG投資とは、企業の環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の側面に焦点を当て、持続可能性と倫理的な観点から投資を行う手法のことです。
ステークホルダーが企業を評価する際に、エンゲージメントや多様性の尊重やなど、人材に関わる指標、また持続可能な社会を目指す取り組みを実施しているかを重要視しています。
ESG投資が浸透したことで、企業としての成長が評価されるには、人材に対する投資が重要になっています。
経済産業省が重要性を強調
経済産業省が2020年に発表した「⼈材版伊藤レポート」において、人的資本経営の重要性が強調されています。
新型コロナウィルスの影響で、働き方を含む人材戦略の在り方が課題提起されました。加えて、第四次産業革命による産業構造の急激な変化・高齢者の増加・人生100年時代の幕開けなど、企業や個人が直面している環境の変化が起こっています。
企業が抱える様々な経営上の課題は、人材面での課題と表裏一体です。各企業はそれぞれ企業理念や存在意義(パーパス)まで立ち戻り、持続的な企業価値の向上に向けて、人材戦略を変革させる必要があると強調されています。
デジタル技術の発展による人材の価値の向上
企業で行われている多くの定型業務が自動化されつつある中で、人の価値は「新たなイノベーションを生み出すこと」に焦点が移っています。デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展により産業構造も変遷している中、企業は将来に向けて更なる挑戦的な経営改革に直面しているといえます。
新たな付加価値の創造には「人」が重要であり、人的資本経営の基本である「一人ひとりを最大限に活用する」視点を取り入れることが、今後の持続的な企業成長に不可欠です。
人的資本経営を行うメリット
人的資本経営を行うメリットは、以下のとおりです。
- 従業員の生産性の向上に期待できる
- 従業員のモチベーションの向上に期待できる
- 従業員の能力の可視化が可能になる
- 企業価値の向上・人材確保に繋がる
- 投資対象として注目されやすくなる
それぞれのメリットについて詳しく解説します。
従業員の生産性の向上に期待できる
人的資本経営を行うと、従業員の生産性向上が期待できます。人的資本経営では、人材に積極的に投資するため、従業員のスキル向上と個々の成長が見込め、業務の生産性が向上します。
社員がこれまで以上に高いパフォーマンスを発揮し、個人の生産性が向上すれば組織全体の生産性向上につながります。生産性向上によって得た利益を再び人的資本に投じることで、従業員と企業が共に成長し合える好循環が生まれます。
従業員のモチベーションの向上に期待できる
人的資本経営は、従業員のモチベーション向上に大きなメリットがあります。最適な人員配置と有効な教育によって、従業員が成長を実感できる環境が整えば、仕事に対する意欲も向上します。
従業員は「自分たちの成長に会社が投資を惜しまない」と感じ、エンゲージメントが高まります。モチベーションが高まると離職率の低下にもつながり、優秀な人材を確保できるようになります。
従業員の能力の可視化が可能になる
人的資本経営では、異なるスキルや経歴を持つ従業員の能力を最大限に引き出します。従業員の能力を発揮する環境や体制を構築するには、各従業員の能力を把握しなければなりません。
人的資本経営では、これらの取り組みを通じて従業員の能力が可視化されるようになります。適切な人材配置が可能になり、従業員のパフォーマンス向上が期待できます。
新たな人材を採用する際も、従業員たちの知識やスキルの不足が可視化されているため、採用活動をより効率的に進めることができます。今後の企業経営に求めるスキルを持った人材を選び、無駄のない採用プロセスを構築できます。
企業価値の向上・人材確保に繋がる
人材育成に力を入れる企業は社会的信頼を得られやすく、企業イメージの向上につながります。企業価値向上によって優秀な人材が集まりやすくなり、企業競争力が強化されます。
企業は人的資本を向上させるために、従業員に対して労働環境の整備に取り組みます。結果、従業員は人的資本経営に取り組む企業で働きやすくなり、個々の能力を存分に発揮できるようになります。
投資対象として注目されやすくなる
人的資本投資の取り組みが評価され、多くの投資家に注目されれば、資金調達が容易になります。人的資本経営の積極的な実践は企業の社会的価値向上につながり、投資家にとって魅力的な投資対象となります。
増加する投資額を新規事業やサービスに展開できるようになり、効果的な人的資本経営を通じて企業の成長と生産性向上が期待されます。
人的資本を可視化する際に役立つガイドライン
企業は、効率的なリソース配置・戦略的な人材管理・従業員モチベーション向上などのために人的資本を可視化することが重要です。人的資本の可視化は戦略的な経営や持続可能な成長のために必要不可欠となっています。
人的資本を可視化する際には、国際標準化機構(ISO)が2018年に発表したISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)が役立ちます。
ISO30414は、組織が内外のステークホルダーに向けて人的資本に関する報告を行う際の指針です。組織の人的資本がどのように労働力の持続可能性に貢献しているかを考察し、透明性を高めることを目的としています。事業の種類・規模・性質・複雑さに関わらず、あらゆる組織に適用可能なガイドラインとなっています。
人的資本経営に取り組むうえで知っておくべき「3P・5F」
経済産業省から報告された伊藤レポートでは、人材戦略の構築において重要な3つの視点「3Pモデル」を提示しており、有益なフレームワークとして活用できます。
あわせて「5Fモデル」として知られる別のフレームワークも活用が推奨されています。Factors(要素)から派生し、企業が共通して取り入れるべき5つの人材戦略要素を示しています。
人的資本経営における3Pとは
人的資本経営における3Pとは、「人材戦略を検討する際にどのような視点から俯瞰すべきか?」という3つの視点(Perspectives)のことです。
1つ目は、経営戦略と人材戦略の連動です。企業価値の向上には両者の連動が不可欠で、具体的なアクションが求められます。
2つ目は、「As is-To be ギャップ」の定量把握です。現状と理想のギャップを数値で把握し、戦略の連動性を判断します。
最後に企業文化への定着があります。外部からではなく、人材戦略の実行を通して築かれ、経営戦略との一貫性が求められます。
人的資本経営における5Fとは
人的資本経営における5Fとは「人的資本経営の戦略に必要な5つの共通要素」のことです。5Fモデルは以下のとおりです。
- 動的な人材ポートフォリオ
- 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
- リスキル・学び直し
- 従業員エンゲージメント
- 時間や場所にとらわれない働き方
企業は経営戦略の実現に向け、将来の人材ニーズを逆算して動的な人材ポートフォリオ計画を策定し、経営戦略との連動を強調して人材の採用、配置、育成に注力します。企業価値向上のためには多様な経験や視点を持つ人材を採用し、イノベーションを生み出します。
急激な変化に対応するためには、従業員のリスキリングや学び直しを奨励して柔軟性を重視します。従業員エンゲージメントの向上にも力を入れ、従業員の主体的な取り組みを奨励し、やりがいと働きがいを提供する環境を整備する必要があります。
働き方の多様化にも対応し、事業継続性と従業員のワークライフバランスを考慮します。
人的資本経営における情報開示のあり方
2023年3月期の有価証券報告書において、上場企業の約4,000社に対して、人的資本に関する情報の公開が要請されました。「人材育成方針」や「社内環境整備方針」の既存項目(従業員数・平均年齢・平均勤続年数・平均年間給与)に加え、以下の3つの項目が新たに加わりました。
- 女性管理職比率
- 男性育児休業取得率
- 男女間賃金格差
企業は自身の経営戦略や人的資本への投資、人材戦略との関係性を明示し、人材育成方針や社内環境整備方針、それに基づく指標や目標、進捗状況を積極的に開示することが期待されています。
海外の動向
EUでは2023年1月に「CSRD」と呼ばれるサステナビリティ開示の法令が修正され、新たな規定が追加されました。人的資本の分野では、ジェンダー平等、賃金、トレーニング、スキル開発などに関する情報の開示が求められています。
アメリカでは、2020年8月に米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して人的資本の開示を必須としました。開示の内容は企業の裁量に委ねられていますが、具体的な指定や法的な義務付けに関する検討が進行中です。
国際標準化機構から「企業の人的資本の開示に関する指針(ISO30414:人的資本に関する情報開示のガイドライン)」が、人的資本の視覚的な提示のための指針として発表されました。これは、人的資本に関する情報を開示するためのガイドラインであり、以下の領域が含まれています。
- 人材育成
- 流動性
- ダイバーシティ
企業は様々な領域で情報を開示することが求められています。人材育成の領域では、研修時間、研修費用、パフォーマンスとキャリア開発についての従業員のレビュー割合、研修参加率、および複数分野の研修受講率が挙げられます。
流動性に関しては、離職率、定着率、新規雇用の総数と比率、離職の総数、および採用・離職コストの開示が必要です。
ダイバーシティの領域では、属性別の従業員・経営層の比率、男女間の給与の差、正社員・非正規社員の福利厚生の差、最高報酬者の年間報酬額のシェア、および育児休業等の後の復職率・定着率が開示されます。
日本の動向
金融庁は、2022年3月に「記述情報の開示の好事例集」を、投資家と企業の対話促進のため公表しました。2022年6月の金融審議会WG報告を受け「サステナビリティ情報」や主要項目に関する新たな「記述情報の開示の好事例集2022」を公表しています。
WG報告の提言を踏まえ、投資家や企業との勉強会で有益な開示について議論し「企業内容等の開示に関する内閣府令」の公布に伴い、改正に対応する「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」の例も掲載されました。
まとめ
人的資本経営は、「資本」としての人材を活かすことで、企業価値が向上し、好循環が生まれるとされています。人的資本経営が注目される要因として、人材の多様性、ESG投資の浸透、経済産業省の強調、デジタル技術の進展が挙げられます。
2023年からは上場企業において、人的資本に関する情報の開示が要請され、女性管理職比率や男女間賃金格差などが新たな項目として加わりました。国際的にも「CSRD法令」や「SEC」の要請があり、企業は持続可能な経営としての取り組みを積極的に開示することが求められています。