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プロフィール
シマノ自転車博物館
大阪のなんばと高野山を結ぶ南海電気鉄道高野線「堺東駅」から歩いて5分。世界最古級のコレクションをはじめ多種多様な自転車が展示されている、日本唯一の自転車博物館。自転車技術の歴史や文化を学んだり、環境面から自転車の価値を再発見できたりする工夫が、広々とした館内にゆったり配されている。
どうして大阪・堺市に世界最大級の自転車博物館?
自転車とまちづくりは相性が良く、エコな自転車利用の促進や、観光・スポーツ振興目的のサイクルロード整備などが、国や地方自治体の施策として各地で行われている。こうした動きよりも以前、大阪府第2の都市・堺市に、自転車博物館は誕生した。
同館の母体は、自転車部品・釣具メーカーの株式会社シマノ2代目社長の島野尚三氏が1991年に開設した、公益財団法人シマノ・サイクル開発センター。尚三氏がオランダの蒐集家から買い受けたクラシックバイク140台余のコレクションを中心に日本で初めての自転車博物館を、1992年、堺市の大仙公園内に開館した。
時を経て、「自転車のまち・堺」のシンボルの場として、2022年3月に現在地へ移転。展示面積を約3.5倍に広げ、シマノ自転車博物館としてリニューアルオープンした。収蔵数、内容の幅広さ共にその規模は、日本だけでなく世界においても最大級を誇る自転車博物館という。
堺市では、昔から自転車が身近な乗り物であるばかりでなく、加工途中の自転車部品が積まれた町工場や、自転車関連の仕事をしている人々が多く見られた。1970年代、日本では自転車の普及が進んで生産台数がピークを迎え、部品生産では堺市のシェアがほぼ半分に達した。こうした堺市の自転車産業のルーツは、世界遺産である百舌鳥・古市古墳群が築造されたおよそ1,600年も前にあるといわれる。墳丘を造るには鉄の道具が必要で、鉄職人が多く移り住むように。さらに堺市で根を下ろした鉄職人たちによって、戦国時代には火縄銃の生産、江戸時代以降は料理包丁、明治以降は自転車産業へと、鉄の文化が受け継がれていった。
また、一貫生産でなく、分業体制で発展したスタイルも堺ならでは。自転車産業もその流れを汲む。細かな部品ごとに、専門に特化した数多くの製造所が営まれ、町全体で「自転車」を支えていた。こうした堺市と自転車の関係については、1F無料展示エリアと4階の自転車歴史回廊で紹介されている。
3つの魅せる展示ゾーンで自転車をじっくり深掘り
シマノ自転車博物館の展示フロアは1階、2階、4階。メインの展示である2階では、歴史的瞬間をその場で目撃するようなほの暗い中で鑑賞する自転車の黎明期から(Aゾーン)、外光が降り注ぐ高い吹き抜け空間に出て、自転車の現在・未来を駆け回る屋外をイメージさせる展示(B・Cゾーン)へとガイドされていく。点数を絞って余計な装飾や過剰な解説などをなくし、展示に集中できるよう考えられた設計。世界の自転車の実物をベースに、パネル、映像などを使って、子供から大人まで楽しめるよう工夫されている。
発明から現代自転車の仕組みに至るまでの発展を追う
Aゾーンは、200年あまり前にドイツで誕生し、フランスで発展、イギリスが広めた自転車の歴史を振り返る。実車展示に加え、パノラマシアターでは映像によって、黎明期から発展期を以下の大きく4つの変遷として紹介。貴重なコレクション展示からは、その時代の空気感が迫力をもって伝わってくる。
現在の二輪自転車の始祖は、1817年にドイツで発明された「ドライジーネ」とされる。2つの車輪を前後に並べてハンドルを操作し、自由に遠くへ行ける乗り物として考案された。木製でペダルはなく、地面を足で蹴って走るものだったが、時速15kmに相当するスピードが出たという。
最初の変革は1861年。フランスのミショー親子がペダルを取り付ける設計を施し、より速く、より遠くへ進める「ミショー型」を誕生させた。乗り心地の悪さから「ボーンシェイカー(背骨揺り)」と呼ばれたが、上品なデザインと性能の向上によって人気を集めていった。
さらに1870年代に入ると、ペダルの付いた前輪の直径を大きくしてスピードを追求した「ペニー・ファージング」が登場する。その姿を、大きな1ペニーと小さなファージング(1/4ペニー)というイギリスの硬貨に見立てたのが、名前の由来。しかしアンバランスな車体は、常に転倒の危険を伴った。
こうした転倒の危険を減らす「セーフティ型」が、イギリスの産業革命にのって世間に広がっていく。10年近くを経て、ギアとチェーンで後輪に力を伝える改良が進み、現代自転車に必須の仕組みが「セーフティ型」に至ってほぼ確立した。
素朴な自転車の不思議はイノベーションのヒント
Bゾーンでは、スポーツバイクや日常用など、テーマもさまざまな自転車が並ぶ。明るく開放感のある空間でまず目を引くのは、自転車1台分すべてのパーツを分解した展示。その数は3,200点以上で、パーツすべてをばらして見られる機会はあまりない。ここでは、技術革新とともに多様になった自転車を1台1台じっくりと観察し、比べることができる。
さらに、実際の車体を持ち上げて自転車の軽量化を確認できたり、手元で操作しながらギアチェンジする変速機の様子が見られたりするなど、体験しながら自転車を楽しく学べる。
もうひとつの見所は、自転車の科学をやさしくまとめた映像で、「どうして自転車は倒れずに走れるのか」「なぜ楽に遠くまで移動できるのか」という素朴な疑問に答えている。サイエンスに興味を抱く子供たちといっしょにその答えを探しに行くのも同館の醍醐味だろう。自転車を例に、イノベーションは生活の中の疑問や課題から進んでいくという原点が見える。
ウェルビーイングを実現する自転車のある暮らし
発明から現代自転車のベースが形作られるまでの歴史、そして現代における自転車の多様性とその科学について見てきた締めくくりが、Cゾーン。ここでは自転車が、未来の私たちにかけがえのない乗り物となりえることを再確認させてくれる。
特に壁面絵巻の展示では、自転車のある暮らしがサステナブルな社会にもたらす好循環を、それぞれイラストで描いているのがわかりやすい。
壁面絵巻のイラスト内では、みずから体を動かす運動の身体面での効用はもちろん、精神的なリフレッシュの手段として自転車の効果をエビデンスと共に紹介。環境面では車やオートバイに比べて安価で購入できる上、燃料不要、カーボンニュートラルでサステナブルな社会に貢献できることをアピールしている。
そして自転車がほかの乗り物と比較した場合でも、顔が見えて、スピード的に人と人とのコミュニケーションがとりやすいことなどが展示にて解説されており、交流という好循環を促すのも納得だ。
心、体、社会的つながりと自転車との理想的関係が確認できたら、おすすめのサイクルライフを提案する、サイクルライフコンシェルジュへ。暮らしの中での自転車との関わり方をアドバイスしてくれて、その内容を自分の顔入りの画像にまとめてダウンロードできるので、来館の楽しい思い出にもなる。
4Fは自転車歴史回廊、自転車ギャラリー兼収蔵庫、さらに自転車に関する書籍や情報を集めたマルチメディアライブラリーで、デジタルアーカイブによる収蔵自転車の情報検索・閲覧が可能だ。
さらに同館では、30年以上続き、3万点を超す応募作品があるという夏休みこども絵画コンクールや、明るい未来をつくる自転車を考える「こんな自転車欲しかってん!コンテスト」といったイベントを例年開催。未来を担う子供たちに期待し、自転車文化の発展に積極的に取り組んでいる。
自転車誕生のドラマから、これからの社会を良くする自転車の役割までを体感できる「シマノ自転車博物館」は大人から子供、自転車好きの人もそうでない人も学び気づきを得られるミュージアムだ。