Contents 目次
プロフィール
住友商事株式会社 デジタル戦略推進部/新事業投資第二ユニット HAX Tokyo統括責任者、MIRAI LAB PALETTE ラボ長、オープンイノベーション リード 志津由彦 (左)住友商事株式会社 デジタル戦略推進部 部長代理 廣畑 純平(右)
※「X」はHAX Tokyoの公式ポーズ
ハードウェアスタートアップを支援するHAXのプログラム
HAX のプログラムについて教えてください。
廣畑氏:HAXは米国のベンチャーキャピタルであるSOSVが2012年から開始した、ハードウェア製品を開発するスタートアップの成長を支援するプログラムです。ハードウェアの試作開発や量産支援、資金調達からビジネスデベロップメントに至るまで、スタートアップに寄り添った幅広いサポートを行っています。
住友商事はSCSKとSOSVと共に2019年にHAX Tokyoを立ち上げ、国外のHAX拠点に進出する前段階のプレアクセラレーターとして運営を始めました。3ヶ月単位のプログラムで採択企業を育て、製造業が盛んな中国の深圳やシリコンバレーにほど近いサンフランシスコなど、グローバルなHAXの拠点に送り出すことを目指していました。
志津氏:現在はプログラムを期間で区切らず、通年でスタートアップからの相談を受け付ける形に変更しています。ハードウェアスタートアップが支援を必要とするタイミングは、ニーズの調査やプロトタイピング、量産準備や資金調達までさまざまです。そうしたスタートアップのニーズに臨機応変に対応するため、このような運営体制に変化しました。
HAX Tokyoでは事業開発支援の側面を強化しており、投資以外の切り口からもディスカッションが可能です。運営メンバーに理系大学院修了者や新規事業開発経験者も多く揃えており、科学技術へのキャッチアップが早いことも特徴です。こうした利点を活かせるよう、気軽に相談できる壁打ち会などを積極的に開き、タイミングや事業領域を限定しないコミュニケーションを意識しています。
HAX からどのようなハードウェアスタートアップが生まれているのでしょうか。
廣畑氏:「Youibot(ユーアイボット)」は2017年の創業直後にHAXに採択され、現在は総合ロボットメーカーとしてグローバルに活躍しています。創業初期でありながら、HAXへの参加をきっかけに大手タイヤメーカーのミシュランとの共同プロジェクトがスタートしました。
自社の技術を活かし、タイヤ点検を自動化するロボットを急ピッチで開発し、短期間で商用利用可能なレベルに仕上げました。HAXでの経験を経て、業界大手企業のニーズを細かに洗い出し、そのニーズに合致した製品を開発したトラックレコードが、後の成長につながっています。
HAX Tokyo発のスタートアップとしては「LexxPluss(レックスプラス)」が象徴的です。
自動搬送ロボットの開発・販売を手掛けており、創業後半年のタイミングで採択された時点は、プロトタイプはあるものの、現場のニーズに応えられるか不明瞭な状況でした。そこで、住友商事の物流事業部や関連の物流会社とLexxPlussをつなぎ、現場のニーズ調査や実地試験を重ねました。HAX Tokyoでの審査を経て、中国・深圳でのプログラムにも採択され、2022年末にはシリーズAラウンドを実施し、累計18億円の資金調達に成功しています。
また、Honda(本田技研工業)のスピンアウトベンチャーとしてマイクロモビリティを開発する「Striemo(ストリーモ)」は、元々深圳で開発に取り組んでいましたが、ビジネス面でのブラッシュアップを目的としてHAX Tokyoに参加しました。
この支援がきっかけとなり、2023年からHonda社内の新事業創出プログラムにHAX Tokyoも協力するようになりました。
住友商事がハードウェアを支援する理由と強み
事業会社である住友商事が、ハードウェアに特化したHAXを誘致した理由を教えてください。
廣畑氏:住友商事はスタートアップに投資するCVCをグローバルに展開し、日本でもその機能を強化してきました。その中で、より未来を見据えたイノベーティブな取組みを進める上では、アクセラレーターとしての機能も必要だと判断しました。
HAXを誘致した大きな理由は、「目に見えるものが動く」というハードウェアが持つわかりやすさにあります。新しい事業に対するイメージを持てない社員も多いなか、ハードウェアならではの存在感を活かせば、具体的でわかりやすいイメージを共有できると考えたのです。
プログラムの運営は住友商事、SOSV、SCSKの3社で取り組んでいると伺いました。どのように役割分担しているのでしょうか。
廣畑氏:基本的には3社がワンチームで取り組んでおり、明確な線引きがあるわけではありませんが、それぞれの得意分野が反映されています。SOSVはスタートアップ投資を専門とするVCとして、スタートアップのセレクションやグローバル展開の支援を得意としています。ITサービスカンパニーであるSCSKは、ハードウェアが必要とするAIや画像認識などのソフトウェア側の知見から開発に寄り添います。
私たち住友商事の強みは、多ジャンルにわたる事業を展開しているため、スタートアップが必要とする現場や、マッチ度の高い企業とのコネクションを提供できることです。
たとえばLexxPlussと物流領域の掛け合わせ以外にも、海上通信プラットフォームを手がける「フューチャークエスト」と船舶関連事業、モニター付きDX自動販売機を製造販売する「PRENO」と商業施設事業部、わずかな環境エネルギーから発電する技術を持つ「elleThermo」と資源本部など、例を挙げれば限りがありません。地方の大学や金融機関など、アクセラレーターとして活かせるネットワークも有しています。
事業規模の小さなスタートアップでは辿りつきづらい、大規模な現場やパートナーとの橋渡しをしているのですね。
廣畑氏:最近ではスタートアップへの支援だけでなく、大企業とのコラボレーションも生まれています。その一例が、Hondaの運営する「IGNITION Studio」とのコラボレーションです。
Hondaでは社内の新規事業創出プログラム「IGNITION」が実施されており、複数の起業が生まれていく素地が整っていました。、そこを更に推進・底上げして行くことを目的に新規事業立ち上げのための基礎カリキュラムや壁打ちセッションを提供する「IGNITION studio」が立ち上がることになりました。
HAX Tokyoでは、起業を目指すアントレプレナーを支援することで、より日本のスタートアップエコシステム全体の強化に繋がるとの思いから、このIGNITION StudioにもHAX Tokyoのノウハウを提供し、実際のプログラム運営も支援させていただいています。スタートアップのみならず、大企業に集まる資金や人材といったリソースを上手くスタートアップエコシステムと連係させることで、より視座の高い取組みに繋げて行きたいと考えています。
HAX Tokyoを通じて生まれたコミュニティ
HAX Tokyoの開始から5年が経過しました。ハードウェアスタートアップを取り巻く社会の状況は、どのように変化したと感じますか?
廣畑氏:環境問題や医療技術をはじめとして、ソフトウェアやサービスだけでなく、ハードウェアの力で社会課題を解決する方向性が加速しています。社会や生活に良いインパクトを与える研究や技術として「ディープテック」という言葉も広がっていますし、技術やハードウェアを専門に支援するHAXの取り組みは、今後も重要性を増すと確信しています。
志津氏:日本発のスタートアップでも、真に社会課題を解決できる技術があれば、言語の壁を超えてグローバルを目指せるはずです。コアとなる技術を磨いたスタートアップを、ファイナンスとマーケティングの面から支えれば、一緒に世界を目指せるでしょう。日本の研究機関から生まれるエネルギー領域や、ヘルスケア領域のプロダクトには個人的にも興味を持っています。大学やアカデミアとの結びつきも強化しており、総合的な形で支援したいと思っています。
ITやソフトウェア分野と比較すると、ハードウェア分野は事業化に長期間を要するのは事実ですが、日本ではスモールIPOが目立つといった課題も出てきているように、VC側も短期間で高いリターンを期待できる投資先を見つけることがが難しい状況になってきたと思いますし、ディープテックをメインの対象としたVCも生まれています。
事業現場を持つ我々のような事業会社や、HAX Tokyoのみならず他のアクセラレーターも連携してコミュニティ全体で良い事例を生み出しながら、引き続きサポートしていきたいですね。
5年間の活動を通じて、ハードウェアスタートアップを支えるエコシステムも育まれてきたのですね。
志津氏:HAXを誘致した際、ハードウェアスタートアップの集積がきっかけとなり、大手企業やアカデミア、自治体の方など多くの属性の方が集まることも魅力に感じました。
そうした出会いの創出を目指し、HAX Tokyoの開始と同年に「MIRAI LAB PALETTE」をオープンして運営しています。これは住友商事の社員とその紹介者が利用できる会員制オープンイノベーション・ラボで、HAX Tokyoに参加した企業もこの場で製品を紹介したり、商用化以前の技術デモを公開したりすることで、PoCの実施など、事業の種類や規模を超えたコラボレーションも起きています。
住友商事の社員にとっても、HAX TokyoのプログラムやMIRAI LAB PALETTEの場でスタートアップの方々と直接話をすることが刺激になっています。既存のビジネスに取り組むだけでなく、技術シーズ起点で、自身の事業現場と繋げる思考回路が育まれていると感じます。単なる受発注という関係ではなく、対等なパートナーとしての目線で取り組む関係性は、共に新しい事業の種を育てられる土壌になっていくと信じています。
廣畑氏:大企業で新規事業に取り組む人たちと、スタートアップ側の担当者では、それぞれの環境がまったく異なります。私たちにはどちらの立場も理解した上で、優れた通訳としてコミュニケーションを進める役割が求められます。ただ分野が近いから結びつけるのではなく、それぞれのプロジェクトや企業の状況を理解した上で期待値を調整することも必要になります。
この過程において、リスクをとって起業する方には最大限のリスペクトを持って接することが必要だと考えていますし、このように起業家たちと膝を突き合わせてディスカッションすることは、住友商事側の雰囲気や風土の変革にも寄与していると感じています。こうした貴重な場は、これからも続けていきたいですね。
支援をする側にも良い影響が生まれ、新たな展開につながっていくのですね。
志津氏:これまで5年の活動を通じて、多くのスタートアップの成長に寄与できたことに手応えを感じています。次の5年では、アクセラレータとしての活動をさらに進めるためにも、出てきた芽を太い柱にしたいと思います。各事業部とのつながりも最大限に活用して、新しい柱となるビジネスにまで育てていけるか、大きなチャレンジですね。
コロナ禍ではリアルなイベントを開けなかったのですが、オンラインで熱量の高いメンバーが集まり、その後につながる「コアなネットワーク」ができました。今はオフラインを中心にハイブリッドでもネットワークが拡大していますし、今後も時間をかけて、パッションを共有しながら、良いコミュニティを育てていきたいです。