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プロスペクト理論とは何かわかりやすく紹介
プロスペクト理論は、心理学の視点を盛り込んだ経済学「行動経済学」の理論の1つです。2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏とエイモス・トベルスキー氏が、1979年に論文「Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk」で提唱しました。
プロスペクト理論の例として、しばしば用いられるのが「宝くじ」です。宝くじで一等が当たる確率は数千万分の1と、期待値が非常に低いにも関わらず「自分であれば当たるかもしれない」といった歪んだ認知に基づいて、非合理的な購買行動に至っています。つまり、多くの人が「確率を正しく認識できていない」のです。
このように期待値を歪める認知はさまざまな場面で見られますが、プロスペクト理論では「損失回避」を核として説明します。
日常の事例をまじえて簡単に解説
プロスペクト理論に当てはまる「期待値を歪める認知」は、さまざまな場面で見ることができます。ここからはより具体的に、日常生活での事例を交えて、プロスペクト理論について解説します。
恋愛で次のステップに進めない
恋愛においては「現在付き合っている恋人が結婚に前向きではない」「前の恋愛を引きずっている」など、なかなか次のステップに進めないことがあります。
その背後にはやはり、損失回避の心理が働いているケースも多いと考えられます。
例えば、現在付き合っている恋人が結婚に前向きではない場合は「結婚を切り出して破局のきっかけになったら嫌だ」、前の恋愛を引きずっている場合は「次の恋が実ってもまた傷つくかもしれない」など、損失を回避して現状維持を求めていることがわかります。
コロナのワクチン副反応
近年のコロナ禍では、ワクチンの副反応へ過剰に不安を感じたり、ワクチンを拒否する人々の言動もクローズアップされました。
実際に新型コロナワクチン接種後の死亡例も報告されている一方、新型コロナウイルスの感染予防や重症化リスクの低減に、ワクチンが大きく寄与していることも事実です。
ワクチンの副反応に不安を感じたりワクチンを拒否する人々は、ワクチン接種の恩恵よりも、副反応によって健康が損なわれるリスクに大きな不安を感じ、損失回避的な行動につながったと考えられます。
株・FXの投資
投資家の中には「株価が値上がりしているのに早めに売却する」といった、不合理とも思える行動をする方が少なくありませんが、これもプロスペクト理論で説明できます。
プロスペクト理論は、人間の損失回避的な傾向を指摘しますが、これは「人は利益よりも損失に敏感に反応する」ことを意味します。
株・FXなどの投資においては、このような傾向が顕著に現れると考えられます。
プロスペクト理論の中核論
ここまで、日常の事例を通じて「人は利益よりも損失に敏感に反応する」「人は確率を正しく認識できていない」といった、プロスペクト理論の特徴について見てきました。
これらの特徴は感覚的なものではなく、科学的に導き出されたものです。具体的には以下2つの関数がプロスペクト理論の根拠となっているため、それぞれについて知っていきましょう。
- 価値関数
- 確率加重関数
価値関数:人は得より損に感情を揺さぶられる
価値関数は「縦軸を価値の重さ、横軸を利得・損失」としたグラフです。参照点(現在の状態を表す基準点)からの増減によって、利得・損失に対する価値の重さ(リスク選好度・リスク回避度)を知ることができます。
価値関数のグラフの形状は、参照点(※)を境界として「利得のエリアは凸型、損失のエリアは凹型」となり、全体はS字型となります。
そして、グラフを見て分かるのは「同額の利得よりも、損失に対して、価値の重さが大きく低下している」ことです。
つまり「1万円の利得で得た喜びよりも、1万円の損失による悲しさや悔しさの方が大きい=人は得より損に感情を揺さぶられる」ということが分かります。
(※参照点からの増減があると、変化に順応した新たな参照点が作られます。つまり、参照点は恒久不変のものではなく、あくまでも暫定的な数値となります)
効用関数との違い
価値関数と効用関数は、両者は共に意思決定に関する関数ですが、グラフの形が異なります。
価値関数が「縦軸を価値の重さ、横軸を利得・損失」としてS字を描くのに対して、効用関数は 「縦軸を効用の大きさ、横軸をサービスの消費回数」として放物線を描きます。
つまり、効用関数は「意思決定に対する満足度」を表しており、価値関数のように「損失」というマイナス要素が考慮されていない点が大きな特徴となります。
確率加重関数:人は確率を正しく認識できていない
確率加重関数は「感覚的確率(主観的な確率)を縦軸、現実的確率(客観的な確率)を横軸」としたグラフです。このグラフでは、現実的確率(客観的な確率)を、主観的にはどのように評価しているかがわかります。
なお、確率40%付近は、実験によって主客の確率が一致するポイントと考えられるため、ここを基準点とします。そのため「確率40%よりも高ければ過小評価/低ければ過大評価」となります。
そして、グラフを見てわかるのは、人は「現実的確率(客観的な確率)が高いと過小評価、低いと過大評価する傾向がある」ということです。
つまり、人は「主観的に確率を判断する場合、確率を正しく認識できていない」ことが分かります。
プロスペクト理論からわかる人間の心理
プロスペクト理論の研究から、人間には特定の心理傾向がみられることが明らかとなりました。ここからは、プロスペクト理論からわかる人間の3つの心理傾向について、詳しく見ていきます。
損失回避性:損は得の約2倍、評価される
損失回避性は、プロスペクト理論において中心的に見られる心理傾向です。
損失回避性とは「得をしたいという気持ちよりも、損失を回避したい気持ちの方が強い」という心理傾向です。
人は、損を得の約2倍評価していますが、これは「得する喜びと比較して、損失の悲しさが約2倍である」ことを意味します。
つまり、人々の意志決定の背後には、リスクへの恐れが大きく作用していることが伺えます。
参照点依存性:価値は相対的に決まる
先ほど、価値関数の解説において「参照点(基準点)は恒久不変のものではなく、あくまでも暫定的な数値」であるとご紹介しました。
つまり、人にとって価値は絶対的なものではなく「相対的に決まる」ことを意味します。
例えば「100円ショップ」という参照点を設定した場合、300円や500円の商品は高額に感じます。しかし「高級ショップ」という参照点を設定した場合、300円や500円の商品は、非常に安く感じることでしょう。
このように人の価値判断は、参照点に依存しており、参照点が変わることで主観的な価値も相対的に変わるのです。
感応度逓減性:母数によって感情に与える影響が変化する
感応度逓減性(かんのうどていげんせい)は、利益や損失が大きくなるにつれ、そのインパクトが弱まる心理的傾向です。
例えば、冷蔵庫・エアコン・洗濯機など、家電の買い換えに対して、高額な出費から迷いが生じる方も多いことでしょう。
しかし「住宅購入のついでに、家具を一新する」という場合は、抵抗なく家電を買い換える方も少なくありません。
家電の買い換えで発生する出費は同じですが「住宅購入」という数千万円の出費が加わったことで、出費の総額(母数)が増えました。
出費の総額(母数)が増えたことで、家電の買い換えにかかる金額を「少額の誤差」と捉えられるようになったために、家電の買い換えに対する感情(金額の捉え方)も変化したのです。
身近にあるマーケティングでの活用事例
プロスペクト理論はマーケティングでも活用されています。身近に見かけるケースも非常に多いため、1つずつチェックしていきましょう。
期間・人数の限定
期間や人数を限定することは「商品やサービスに希少性がある」「この機会を逃すと損だ」と感じさせます。そのため、損失回避の心理から購買行動を後押しできると考えられます。具体例は以下の通りです。
- 飲食店の期間限定メニュー
- 期間限定オープンのショップ
- 100人限定で販売 など
ただし、期間・人数の限定は多くの商品やサービスで実施されているため、新鮮味に欠けるのが難点です。そのため、他店との差別化を図るようなアイデアは別途必要でしょう。
ポイント制度
ポイント制度は消費者にお得感を与えるのみならず「せっかくポイントが貯まっているのだから使わないと損」「有効期限内に使わないと損」という損失回避の心理も働かせます。そのため、店舗やサービスの継続利用につながると考えられます。具体例は以下の通りです。
- ネットショッピングでの各種ポイント
- クレジットカードや電子マネーの利用ポイント
- 店舗でのスタンプカード など
ただし、ポイント制度は、利用したくなる魅力的なサービスや商品に欠ける場合は、継続利用に繋がらない恐れもあるためご注意ください。
無料キャンペーン
無料キャンペーンあるいは割引キャンペーンは「お得なタイミングを逃したくない」という損失回避の心理から、消費者の購買を後押しすると考えられます。 具体例は以下の通りです。
- サービス申し込みの初月無料
- 携帯の乗り換えで本体代無料
- 今だけ金利手数料無料 など
ただし、いつでも無料・割引であると、消費者が購買行動を引き伸ばす可能性が考えられます。そこで例えば「期間限定」を併用することで「今だけ無料」という損失回避の心理を強く喚起させ、消費者へよりアピールすることが期待できます。
返金保証
返金保証あるいは返品保証は「買い物で失敗したくない」という消費者の損失回避の心理をカバーする戦略と言えます。「返金・返品できるから購入しても良いか」という安心感から、購買に至る消費者の増加が期待されます。具体例は以下の通りです。
- 美味しさや効果にご満足いただけなかった場合は返金
- 家電量販店の返金・修理保証
- ○日間の返品・返金保証 など
返金・返品保証は家電や旅行などの高額商品、あるいは、商品を直接手に取ることができないネットショッピングなどにおいて効果的な施策と考えられます。
中間グレードの物・サービスの購入
中間グレードの物・サービスの購入とは「選択肢がいくつかある場合、消費者は金額や機能が中間グレードの物・サービスを購入する傾向にある」ことを意味します。
これは、飲食店のメニュー選びをはじめとする、さまざまな日用品選び、家や車などの高額商品を選ぶ場合に至るまで、さまざまな場面で見られます。
中間グレードの物・サービスを購入する傾向にあるのは「商品をなるべく安く購入したい」「けれど、機能も犠牲にしたくない」という心理の、せめぎ合いの結果です。
つまり、人には「極端な選択を回避する」傾向があることがわかりますが、これも損失回避行動の1つということができるでしょう。
プロスペクト理論から派生した手法
プロスペクト理論にはさまざまな派生理論が存在しますので、最後に2つご紹介します。
コンコルド効果
コンコルド効果とは、失敗が予測されるにもかかわらず、投資を続ける心理的傾向を指します。
赤字の事業見通しが立っていたにも関わらず、投資を続けて負債が膨らみ開発会社が倒産した「超音波旅客機コンコルド」の事業が由来です。
事業継続を判断する際、これまでに投下して回収不可能となった資金や労力(サンクコスト=埋没費用)を考え「今やめたらすべてがムダになるかもしれない」と事業継続するケースがあります。
損失回避行動の1つといえますが、合理的な判断のためには「サンクコストに囚われないことが重要」と言えるでしょう。
フレーミング効果
フレーミング効果とは、同じ情報でも別のフレーム(表現や伝え方など)を当てはめることで、相手に与える印象が変わり、別の意思決定を行う現象を指します。
例えば「治療後の半年生存率は9割」「治療後の半年死亡率は1割」のどちらも、情報内容としては同じです。しかし前者の伝え方のほうが、治療法として選択されるケースが多いことが判明しています。
つまり、損失をメインとするような情報では選択されにくい傾向がありますが、これも損失回避行動の結果と考えられます。
まとめ
プロスペクト理論は、損失の観点から人々の行動を説明してくれる理論です。
プロスペクト理論を上手に活用することで、マーケティングはもちろん、人材育成や、働く人のモチベーションアップにも役立てることが期待できます。
戦略の立案や、ビジネス上の課題解決など、さまざまな場面でプロスペクト理論をお役立てください。