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プロフィール
石原英昭氏
東洋紡フィルム研究所 所長、京都工芸繊維大学教授、龍谷大学RECフェローなどを歴任。高分子成形/高分子構造·物性を専門に研究開発に従事、教鞭も執ってきた。
ゴムを超えた伸縮性:スパンデックス(Spandex)誕生秘話
最初は、ゴム弾性繊維のSpandex(以下スパンデックス)で、5倍以上の長さに伸び、力を解放すると元の長さに戻る(回復)機能性繊維の例である。まさにPolymerとProcessingに工夫が多く入ったProductである。ちなみにスパンデックスは、その特徴の通り、「Expand(伸びる)」を語源としており、タイツをはじめとする下着類や水着などのスポーツウェアなど肌にピッタリと密着する衣類で広く使用されている。
約60年前に米国DuPont社が最初に発表したゴム弾性繊維は、セグメント化ポリウレタンウレアエラストマーと呼ばれ、ウレタン基(-NHCOO-)とウレア基(-NH-CO-NH-)の入った繊維であった。その後、ウレア基のないポリウレタンも他社から発表されており、広くスパンデックスとして生産されようになった。前者はウレア基があるため繊維化では溶融紡糸は適用できず、乾式紡糸が必要になる。乾式紡糸の流体は、ポリウレタンウレアエラストマーのDMF(ジメチルホルムアミド)溶液である。
ウレア基のあるPolymerの重合は、2ステップの反応で行われる。最初はプレポリマー反応というPTMG(ポリテトラメチレングリコール)とMDI(ジフェニルメタンジイソシアネート)による末端NCO(イソシアネート基)のプレポリマーを得て、次に1分子に2個のアミノ基(-NH₂)を持つジアミンを用いた鎖延長反応を行う。これらによりマルチブロック共重合のPolymerが得られる。以下はPolymerの模式図で、硬いハードセグメントと軟らかいソフトセグメントより構成され、ハードセグメントはウレア基連鎖よりなる結晶性凝集体であり、ソフトセグメントはPTMG鎖が主体で、ところどころウレタン基で連結されている。ウレタン基はハードとソフトセグメントの接続部分にも存在する。
また、以下は鎖延長剤であるジアミンの種類によるハードセグメントの化学構造式である。
米国DuPont社は開発当初はジアミンにヒドラジン(HH)、後にエチレンジアミン(EDA)を使用していたと思われる、筆者が在職していた東洋紡はプロピレンジアミン(PDA)を採用し、国内で最初のゴム弾性繊維の生産をするようになった。
水着に使用した弾性繊維の華やかな宣伝活動が行われ、一年契約のキャンペンガールが多数おられた。中でも印象に残るのは井川遥さんや眞鍋かをりさんらで、特に眞鍋さんが東洋紡の研究所に来られた時には応接室で面会し、極めて礼儀正しい態度に感心した記憶がある。25年ほど前のことである。
理想の弾性繊維を求めて:スパンデックス開発における高分子化学と構造解析
スパンデックスは伸長比が5倍以上に伸びる繊維であるから、物性の表示は通常の応力~歪曲線(S-Sカーブ)では表現し難く、以下図に示したプロットで表現される。
f/(αーα⁻²)=2C1+2C2/α
ここで、fは単位断面積当たりの張力、αは伸長比、C1, C2は定数でMooney-Rivlin式と言われるものである。図の縦軸は式の左辺を、横軸は1/αである。この図からわかるように、1/αが1に近い、つまり少し伸長したところでは、曲線は立ち上がっており理想ゴム弾性(フラットな状態)から大きく外れている。Mooney-Rivlin式の右辺にΔh項を設ける必要がある。なぜ延伸初期でΔh項のような立ち上がりが生じるのか(疑問点1)、さらに、以下図に示すように赤外二色性(赤外光を照射することにより観察される、分子振動状態の遷移に基づく吸収)によるハードセグメントの配向が延伸初期で負配向(直角配向)になるのか(疑問点2)
直角配向の位置からの回復では配向のヒステリシスのループを形成し、順配向位置からは順配向のままであるという挙動を示している。延伸初期の直角配向はポリエチレン球晶に見られるが、低歪状態での挙動であり、高延伸でのこうした配向挙動は初めての例であった。これら疑問点1、2は以下図に示す高次構造モデルで説明される。
つまり、ハードセグメントはロッド状の細長い凝集構造を形成しており、延伸初期では長軸が延伸方向に向くことにより直角配向になることが解明された。第一回の3Pのところで触れた、補完技術の1つである構造·物性解析技術が役立ったことになる。従って、理想ゴム弾性に近づけるためにはハードセグメントの凝集構造を制御する必要があるという大切な知見を得ることができた。
スパンデックスの最重要物性の1つが回復性である。理想は伸ばしたあと、力を解放したときに元の長さに戻ることである。回復性は、ソフトセグメントのPTMG鎖の分子量に依存する。分子量が大きいと配向結晶化により、回復の妨げになる異物がソフトセグメント中にできる。しかし、分子量が小さいとエントロピー弾性から外れ、常温での回復性が悪くなるので、一般的にはPTMGの分子量は2000程度が採用されている。
Spandexの進化:ソ連の寒冷地で生まれた課題と共重合技術による克服
東洋紡はソ連(※ロシア)にスパンデックスを技術輸出し、技術者がソ連に常駐していることがあった。その一人から研究所に居た私にソ連の寒冷地では低温での回復性が悪いので解決して欲しいと連絡が入った。これらの課題に対しソフトセグメントの共重合、例えばPTMGとPPG(ポリプロピレングリコール)などで結晶化を抑え、低温での回復性を向上させることができる。
共重合効果は、ハードセグメントに適用するとロッド状の凝集体を分断し、理想ゴム弾性に近づけることができる。その例として、鎖延長剤にEDAとHHを用いたものがある。この2つのジアミンではウレア基のCO伸縮振動がEDAの場合、1640cm-1であり、HHの場合は1680cm-1なのでそれぞれの配向が区別できるメリットがある。単独のジアミンを用いた繊維は理想ゴム弾性から外れているが、共重合することにより理想ゴム弾性に近づいている。ハードセグメントの共重合化により凝集体が分断していることを表している。
これは、Polymerの分子設計、Productの構造設計により、必要な機能や性能が得られる例である。なお、先にDuPontがEDAを用いたスパンデックスを発表してきたと述べたが、その後サンプルを入手し分析した結果、確かに化学分析ではEDAが検出されたが赤外二色性の測定ではハードセグメントは単独のジアミンではなく、共重合している結果が出た。EDA単独では凝集性が強くロッド状の高次組織を形成し、また溶液はゲル化し易いため共重合は充分考えられる結果であった。ここでも構造解析が大いに役立ったことになる。
タイヤコードから防弾チョッキまで:高強力·高弾性率繊維の応用事例
繊維の実際例の2例目は高強力、高弾性率繊維である。
世の中には多くの高強力、高弾性率繊維(High Tenacity/High Modulus繊維、略してHT/HM繊維)が使われており、生活資材として欠かせない材料となっている。HT/HM繊維に使われているPolymerは柔軟鎖ポリマーと剛直鎖ポリマーの両方で種類が多い。柔軟鎖ポリマーとしてはPETやNylonが一般的である。最大の用途は自動車のタイヤコードである。
上記は柔軟鎖ポリマーと剛直鎖ポリマーの代表的なHT/HM化手段をまとめたものである。図のように、タイヤにはバイアスタイヤとラジアルタイヤの2種類があるが、以前はNylon繊維を補強用に用いたバイアスタイヤであったが、自動車の高速走行化やコーナリングなどの点でラジアルタイヤが主流になってきた。
タイヤコードはタイヤのゴムを補強するものであるが、Nylonはアミド結合があり、ゴムとの馴染みが良く、タイヤの回転方向と斜めに配置されていた。ただ、Nylonの初期モデュラスは小さく、ラジアル化に伴い初期モデュラスの大きなPETに素材転換されるようになった。タイヤコードはタイヤの中心部に向いた配置になっており、ラジアルの方向である。以下表に各種タイヤの素材構成をまとめてみた。
タイヤには桶のタガのようにスチールコードが用いられており、この部分を有機素材に変換するのは難しいが、確か、ブリヂストン(以下BS)が最初に剛直繊維を一部使い始めたと記憶する。筆者がよくBSの東京の小平にお伺いしていた35年ほど前のことであった。
汎用のPETやNylonとは言え、Polymer Processingの立場からはいくつかの技術ポイントがある。PETの場合は分子量が約4万で、衣料用繊維の分子量2万より高く、紡糸はDD(Direct Draw)の多段延伸、つまり紡糸ラインで直接延伸を多段で行う方式である。PETやNylonの高強力化は、タイヤコード開発で行われてきたが、後にPETの場合は車のシートベルト、Nylonの場合はエアーバッグ用繊維に応用されるようになった。なお、強度という物性値は以下の図に示すように、構造的には小角X線散乱法(SAXS)で測定した長周期の値とよく相関しており、繊維の長さ方向にどれだけ分子が伸ばされているかに関係している。
汎用のPolymerはPEの場合も工夫がなされている。分子量が小さい場合は普通の溶融紡糸で繊維化できるが、分子量が100万を超えると溶剤を介したゲル紡糸という方法でしか繊維化できない。筆者の居た東洋紡はオランダのDSM社と共同で繊維化の研究開発をやってきた。筆者は開発の担当ではなかったが、関連するpolymerや技術の関係でオランダのマーストリヒトに何度か訪問したものである。ゲル紡糸で得られたPE繊維は強度が高く、衝撃にも強いということで、防弾チョッキ用や衝撃の大きなネットなどに適用されている。ゲル紡糸はPVA(ポリビニルアルコール)にも適用され、他社がアスベスト代替の繊維として公表していた。
メーカー | 商品名 | 一般名 |
東洋紡エムシー | Zylon | ポリパラフェニレンベンズオキサゾール(PBO)繊維 |
Procon | ポリフェニレンサルファイド繊維 | |
クラレ | Vectran | 高強力ポリアリレート繊維 |
東レ・デュポン | Kevlar | パラ系アラミド繊維 |
東レ | Torayca | PAN系炭素繊維 |
Torcon | ポリフェニレンサルファイド繊維 | |
帝人 | Twaron | パラ系アラミド繊維 |
Technora | パラ系アラミド繊維 | |
Conex | メタ系アラミド繊維 |
剛直鎖ポリマーのHT/HM化は、上図に示すように、DuPontのKevlarが最初で、その後Twaronなどが発表されている。これらのProcessingは乾湿式紡糸法と呼ばれる方式でエアーギャップを設けているのに特徴がある。この紡糸法はDuPontの特許からわかるように、繊維軸方向に剛直分子を配向させることができる。
剛直分子のZylonは東洋紡のHT/HM繊維で、米国Dow Chemical社と共同で開発した繊維である。主にDowはPolymerを、東洋紡はProcessingの開発を担当してきた。今ではこの繊維の生産は世界で東洋紡だけである。この繊維はHT/HMであるが、耐熱性も優れており、消防服にも適用されている。この剛直高分子は、もともとは米国空軍の委託を受けてSRI(Stanford Research Institute)のWolfe氏が研究開発し始めたもので、その後Dayton大学のHwang氏らと共同で繊維化の研究開発に力を入れている。
筆者はその繊維の東洋紡への導入可否判断の予備調査を行うため、両者を訪れている。その後、HwangはDow Chemical社に移籍した関係で東洋紡とDowの付き合いが進むようになった。Dowは化学会社であるため繊維の生産にはそれほどの関心はなく、その後、東洋紡に繊維生産を譲り今日に至っている。
繊維の可能性を広げる 異形断面繊維
実際例の3例目は異形断面糸による機能化について説明する。
代表的な異形断面をまとめた以下図にまとめた。
通常の丸断面の場合、糸の直径D(μm)はデニールdと、PETの場合はほぼ、D=10√dで関係づけられる。例えば、1デニール(d=1)のとき、Dは約10μmで、μmオーダーの断面の制御で、繊維の技術の繊細さがわかる。なお、よく使う単位dtex(デシテックス)は、デニールとの関係、d=9/10·dtexで換算される。図の右上の突起の付いた中空糸はPETの布団綿用の繊維で、突起により繊維同士の間で重なりを避けて空気層を設け、また中空であることから中空部に空気が入り、保温を保持する効果がある。断面に4つの穴が開いた断面は、田の字型断面とも言われ防汚性があり、実際は汚れが目立たない効果があると言われている(DuPont特許の説明による)。
3角断面はシルクライク繊維の断面で、以下図に示した実際の絹の分析から、フイブロインの集合が繊維になるが、3角断面糸の形や大きさなどが少しずつ異なっていることがわかる。これが絹の光沢や絹鳴りの原因になっており、合成繊維でシルクライク糸を作るためには多孔形ノズルで3角断面の大きさ、形を少し変えた設計が必要になる。
セルロースアセテートの中空繊維で、海水を淡水に変える機能を持った繊維もある。半透膜を介し、海水(純水と塩化ナトリウム)と純水が接触すると水は海水の方へ流れ、浸透圧が発生する。この浸透圧が発生している側に機械的力を加え、抑え込むと、水だけが純水側に移動するという現象が起こる。これがReverse Osmosis(RO:逆浸透)と呼ばれる現象で、水の確保が難しいところでは海水を利用してこの方式が採用されてきた。海外ではサウジアラビア、国内ではハウステンボスで活用されていると聞いている。この中空糸膜を医療分野に応用したのが透析用である。人工透析が必要な患者さんにはなくてはならないものであり、広く使われている。
まとめ
以上繊維に関し3例を紹介した。目標とする機能や特性を持ったProductに対しPolymerとProcessingに工夫がなされているのが理解されただろうか。それぞれの物性の理解あるいは物性達成のためのProcessingの方向性などは、構造的な知見も大切で、補完技術の1つである構造解析技術が大切であることが理解される。
なお、もう1つの補完技術であるComputer Simulation技術については今後改めて紹介していく予定である。