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シリアルイノベーターとは
シリアルイノベーターとは、シリアル=連続的な革新を起こすイノベーターのことです。イノベーターには、重要な課題を解決するアイデアを思いつくことや、それを実現するために必要な技術を開発することなどが求められますが、シリアルイノベーターはこれらの過程を何度も繰り返せます。
シリアルイノベーターの特徴は、以下のとおりです。
- システム思考(膨大な情報、しかも異なる知識分野にある情報から一見無関係に見える点同士を結び付ける能力)
- 平均以上の創造力
- 複数の知識分野にまたがる生来的な好奇心
- 深い専門知識をベースに直感を働かせる力
- 物事を「よりよく」したいという生来的なモチベーション
これらの特徴を持つ人材は、シリアルイノベーターとしての素質があります。このような人材は組織にとって重要な存在であるため、後述する「シリアルイノベーターの育て方」を参考に、シリアルイノベーターが活躍できる環境を整えましょう。
シリアルイノベーターが必要とされる理由
では、シリアルイノベーターの必要性を示す根拠として、1900年代と現在で世界の時価総額ランキングを比較してみましょう。
順位 | 1989年 | 2022年 |
1位 | NTT | Apple |
2位 | 日本興業銀行 | Microsoft |
3位 | 住友銀行 | Amazon.com |
4位 | 富士銀行 | Tesla |
5位 | 第一勧業銀行 | Alphabet |
6位 | IBM | UnitedHealth Group Incorporated |
7位 | 三菱銀行 | Meta Platforms, Inc. |
8位 | Exon | Johnson & Johnson |
9位 | 東京電力 | Exxon Mobil Corporation |
10位 | Shell plc | Walmart Inc |
表からわかるとおり、平成初期である1989年には、日本企業が世界のトップ10のほとんどを占めていました。しかし2022年現在では、日本企業が一社もトップ10にランクインしていません。「ジャパンアズNo1」と呼ばれていた時代は、もはや過去のものです。
業界別に見ても、1989年には銀行が高い時価総額を誇っていたのが、現在ではIT企業が上位のうち高い割合を占めています。つまり世間のニーズや、必要とされる技術が変化してきたことがわかります。今まで通用していたビジネスモデルが、突然利益を生み出せなくなることもあるでしょう。
操業年数の長さも、現在の世界企業の時価総額とは関連性が見られません。実際にAmazon.comは1995年創業、テスラは2003年創業と、比較的新しい企業です。そのため、今後も突然新しい企業が急速に伸びてくる可能性があります。
そして企業の急速な成長のカギとなるのが、イノベーターの存在です。しかし日本は、イノベーターが不足していると指摘されています。その事実は、わずか30年余りでのランキングの変化からも読み取れます。
シリアルイノベーターを活かす組織のあり方
シリアルイノベーターは、技術と市場の双方に対する高い知見を持ち、新技術を事業に結び付ける方法を体得してビジネス・ブレイクスルーを可能にする存在です。ただし、シリアルイノベーターは既存概念にとらわれない企画を生み出すため、組織内で衝突が起きてしまう可能性が否定できません。
こうした事態を回避し、シリアルイノベーターを育て活かすためには、何よりもイノベーションを尊重する体制を整えることが大切です。そのためには、人材、技術、資金、設備など社内外のリソースにアクセスできる環境があるといいでしょう。また、ミスを恐れなくていいという安心感を与える、いわばチャレンジと共に失敗を奨励できるような環境を整えることも必要です。
シリアルイノベーターを活かせる組織のあり方として、以下の点に留意すると良いでしょう。
- 学習への理解を示す
- マネージャーが多方面から関与する
- 社外の人材と交流する機会を設ける
- ミスを許容・評価し、経験から学べる環境を整える
- 意見が通りやすい環境を整える
シリアルイノベーターの育て方
シリアルイノベーターを育てるためのポイントは、以下のとおりです。
- イノベーターの提案をおろそかにしない
- イノベーターの安定性のなさを受け入れる
- イノベーターが挑戦できる環境を整える
イノベーターの提案をおろそかにしない
イノベーターは、時に理解の範囲を超えた提案をしてくることがあります。しかし、それを既存の価値観のみと照らし合わせて否定するのはよくありません。なぜなら、革新的なアイデアの芽を詰んでしまう可能性があるためです。
ただし、思考停止状態でイノベーターの言いなりになるのもリスクがあります。そのため、イノベーターの提案に対しては、その提案の有効性を示す客観的なデータの提示を求めると良いでしょう。可能であれば、イノベーターにプレゼンの機会を与え、より多くの第三者に意見を求められるとより良いです。
イノベーターの安定性のなさを受け入れる
イノベーターを育てるには、彼らの安定性のなさも受け入れる必要があります。なぜなら、イノベーションは不確かさや、時には偶然によって起こるためです。人と違うことをしたり、さまざまな困難にぶつかったりする様子は、確かに安定性がないように感じるかもしれません。しかし、安定性を求めて既存の知識や価値観のみに囚われていては、革新は起こせません。
イノベーターの安定性のなさを許容するためには、ある程度想定外のリスクも受け入れなければならないでしょう。そのための手段として、開発に充てる予算を多めに確保することなどが挙げられます。ただし予算は有限であるため、ある程度イノベーターをコントロールし、リスクを抑えることも必要です。
イノベーターが挑戦できる環境を整える
イノベーターを育てるには、イノベーターが挑戦しやすい環境を整えましょう。例えば、多様な人材と関わって新たな刺激を得られるような体制を整えたり、新しいアイデアを歓迎する社風を作り出したりすることが有効です。反対に、既存の価値観に囚われて頭ごなしに意見を否定するのはよくありません。ただし、無制限に意見を取り入れるのもリスクがあるため、バランスが大切です。
【日本企業】シリアルイノベーター事例
最後に、有名な日本企業のシリアルイノベーター事例を紹介します。イノベーションを起こした方法や成功要因がわかりますので、ぜひご覧ください。
花王株式会社/石田耕一
石田耕一氏は、九州大学農学部食糧化学工学科修士課程を経て、1985年に花王株式会社に入社しました。その後は生物科学研究所、香粧品研究所などを経て、2012年よりビューティケア事業ユニットに従事。また、スキンビューティ研究所も兼務しています。
石田氏は花王株式会社在籍時に、「ビオレ毛穴すっきりパック」という、小鼻の角栓を取るシート上のパックを開発しました。しかし、開発までに至る過程は決して順風満帆なものではありませんでした。実際、ビオレ毛穴すっきりパックの開発には8年もの年月がかかっています。
開発に苦戦した理由は、使いやすい素材がなかなか見つからなかったことや、「水で濡らす必要がある」という点により役員の納得がなかなか得られなかったことです。しかし石田氏は、アンケートやモニターによる客観的な意見の提示や、継続的な商品性能のブラッシュアップをおこない、役員の承認を得ることに成功しました。
石田氏が成功した要因は、徹底的な他社製品の弱みの分析をおこなったこと、客観的なデータによって自分の製品の優位性を示せたことです。また、新しいものを生み出したいという情熱も、長きにわたる開発業務の原動力となりました。
トヨタ自動車株式会社/小木曽聡
小木曽聡氏は、1983年トヨタ自動車に入社し、1993年初代「プリウス」の開発プロジェクトにつながる「G21プロジェクト」の立ち上げに参加しました。その後は、2代目、3代目、プリウスα、プリウスPHVまで、プリウスシリーズの全ての製品企画・開発に携わっています。また、「アクア」の開発でも開発責任者を務めています。
小木曽氏が開発担当として最初に携わった初代プリウスの開発では、「次世代型乗用車」の開発がテーマとなっていました。それを実現するためには、資源枯渇に対応できる仕組みや、環境への配慮を必要な要素として掲げていました。さらに、燃費の向上と走行性能の維持も上層部から求められていため、すべてを同時に実現するのは苦労したそうです。
それでも小木曽氏が結果的にプロジェクトを成功させられたのは、誰よりも働いて納得してもらったこと、チーム内のコミュニケーションを丁寧におこなったことが要因です。
小木曽氏は当時、22時には退社して翌日5時には出社、平均睡眠時間は5時間という生活を続けていました。体力的には厳しかったそうですが、それでも開発に熱心な姿勢を示すことによって、自分の意見に付加価値を持たせられました。
またチーム内でのコミュニケーションにおいては、本音を言いやすいよう敷居を低くして、相手の考えをしっかり聞くよう心がけていました。そうすることで、建設的な議論がしやすくなったそうです。チーム内で対立が起こった時も、新たなものを生み出せる機会だと捉えていました。
小木曽氏のケースからは、イノベーターに求められるのは技術的な面だけではなく、周囲から認められる人間性も必要だということがわかります。イノベーターとして活躍するためには、さまざまな面で優れた能力が必要です。
パナソニック株式会社/大嶋光昭
大嶋光昭氏は、1974年に松下電器産業株式会社(現パナソニック)に入社し、現在では同社のR&D本部 顧問(元 理事・技監)を務めています。また、京都大学 特命教授(大学院 工学研究科)としても活躍しています。
大嶋氏は技術者として、「振動ジャイロ」を活用したカーナビ用のセンサーの開発に従事しました。しかし当初は、振動ジャイロに対する需要への疑問や、予算の捻出が難しいことなどから、さまざまな場面で反対に直面しました。
しかも当時は、振動ジャイロの有用性を示す客観的なデータや、手振れ補正技術を確立するための参考文献がなく、上司への説得が困難でした。そのため、開発プロジェクトは一度解散となってしまいました。
しかし、それでも諦めがつかなかった大嶋氏は、客観的なデータが示せないなら現物を見せて振動ジャイロの重要性を伝えれば良いと考えました。そのために、実際にヘリコプターをチャーターして実験をおこなったり、時には社命を無視して製品の開発に勤しんだりしました。
紆余曲折はあったものの、結果的に製品の国内販売までこぎ着け、プロジェクトは成功しました。その後起こったビデオカメラ業界での革命においても、大嶋氏の技術のおかげでトップシェア獲得ができました。
大嶋氏は、イノベーションには反骨精神が必要だと語っています。実際にイノベーションとは、今まで実現できていなかったことを実現しようとすることであるため、時には周囲との摩擦も起こります。しかし、それらを乗り越えることで初めて成功を実現できます。
さらに詳しく知りたい方におすすめの本・書籍
【書籍名】
『非シリコンバレー型』イノベーションの流儀
(アビー・グリフィン/レイモンド・L・プライス/ブルース・A・ポジャック著)
シリアルイノベーターについてさらに詳しく知りたいという方におすすめの書籍は、「『非シリコンバレー型』イノベーションの流儀」という、イリノイ大学アーバナ・キャンペーン校に在籍するアビー・グリフィン、レイモンド・L・プライス、ブルース・A・ポジャック氏による、新しいイノベーションの切り口を紹介した書籍です。
この書籍を読むことで、以下の点について理解が深まります。
- シリアル・イノベーターとは企業にとってどのような存在か
- シリアル・イノベーターの行動
- シリアル・イノベーターの心理的特性
- シリアル・イノベーターが能力を発揮できる環境
- シリアル・イノベーターの発掘・育成
- シリアル・イノベーターに対するマネジメントのあり方
- シリアル・イノベーターが巻き起こす具体的成功事例
専門家・細分化され、高いピラミッド構造から成る大企業の組織形態がイノベーションを促進することは難しいと考えられてきましたが、そんな中で次々と画期的なブレイクスルーを生み出すのがシリアルイノベーター。本書籍では、製造業を主体とする大企業との深いパートナーシップのもと、シリアルイノベーターについて基礎的な考え方から課題点まで幅広く、深く示唆しています。
また、10年あまりにわたってアメリカの幅広い業種の大企業におけるシリアルイノベーターを調査。P&G、ヒューレット・パッカード、キャタピラーなどイノベーションに成功した企業の事例を抱負に紹介しています。類似の産業構造を持つ日本にとっても親和性のある事例紹介であるため、自社にシリアルイノベーターを迎え、どのような組織を作り上げていくか考察する上で参考にできるでしょう。
まとめ
シリアルイノベーターは、企業の大きな成長や、時代の変化への適応を実現するのに有効な存在です。しかし日本国内において、シリアルイノベーターとして活躍している人材は決して多くありません。そのため、シリアルイノベーターが育ちやすいような環境を整えることが大切です。