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GaNパワー半導体とは?世界シェアや特徴・SiCとの棲み分けについて解説

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AIや、IoT、自動運転などのデジタル技術の発展により、より高性能な半導体の需要が高まっています。この需要に応えるべく、SiCとGaNという次世代パワー半導体が注目を集めています。SiCとGaNにはコストと技術面で課題があり、かつては量産化が困難でしたが、技術進歩によりその障壁が取り除かれつつあり、今後は普及が期待されています。

この記事では、GaNパワー半導体の主要な特性を解説します。また、GaNとSiCの棲み分けや、GaNパワー半導体の世界シェア、そして日本の主要メーカーの開発動向についても詳しく見ていきます。

GaNパワー半導体とは

次世代パワー半導体として注目されているGaN(窒化ガリウム)は、ガリウムと窒素の化合物半導体です。従来の半導体トランジスタはGe(ゲルマニウム)で製造されていましたが、現在は主流であるSi(シリコン)からSiC(シリコンカーバイド)やGaNへの移行が進んでいます。

GaNやSiCへの移行が進んでいる背景には、その優れた物性があります。GaNやSiCはSiに比べて電気抵抗が小さく、高電圧・大電力に対応できるため、省エネルギーや5G通信などの新技術に適しています。

パワーデバイスとしての総合適性を定量化した「バリガ性能指数」では、Siの1に対してSiCが500、GaNが930という高い値を示しており、SiCやGaNは半導体デバイスの性能向上に大きく貢献する可能性があり、GaNは従来Geや現在主流であるSiに代わる次世代パワー半導体材料として期待されています。

GaNパワー半導体の特徴

GaNパワー半導体の主な特徴は、高耐圧と低損失の2点です。これらの特性により、従来のシリコン半導体では実現困難だった高耐圧領域での活用とエネルギー効率の向上が可能となります。

GaNパワー半導体には、Siの約3倍のバンドギャップがあります。バンドギャップとは、電子が存在できない領域の幅のことです。バンドギャップが大きい場合、電子が遷移するためにより高い熱エネルギーが必要であるため、高電圧にも耐えられる安全性の高い半導体となります。

また、GaNパワー半導体は電流のオンオフ切り替え時のエネルギー損失が少なく、消費電力を低減できる特徴があります。

そもそもパワー半導体とは

パワー半導体とは、大電流・高電圧の制御や変換を行うデバイスです。さまざまな家電製品や電気器具に組み込まれており、安定した電力を供給する上で不可欠です。主に電力変換に使用され、交流と直流の相互変換や、電圧の調整、モーター駆動、バッテリー充電など、さまざまな用途に活用されています。

パワー半導体は高電圧・大電流に耐えうる特殊な構造を持っています。半導体は電力損失が起こると発熱して高温になり故障しやすくなりますが、パワー半導体は電力損失を低減し、発生した熱を効率的に放出する工夫が施されています。

次世代パワー半導体が必要とされる背景

SiCやGaNなどの新しい材料を用いた次世代パワー半導体が必要とされる背景の1つには、IoT機器の普及拡大やAI技術の飛躍的な発展に伴う急速なデジタル化があります。パワー半導体は、これらの先端技術を実現する上で欠かせない基盤技術です。これらの技術をさらに向上させるためには、パワー半導体のさらなる性能向上が不可欠となっています。

また、地球温暖化対策としての省エネルギー化の要求も次世代パワー半導体の開発を後押ししています。経済産業省は2050年のカーボンニュートラル達成に向けたグリーン成長戦略において、半導体を「成長が期待される14分野」の1つに位置づけています。

特に、グリーンとデジタルの両立を目指す具体的な取り組みとして、従来のSiに加え、GaNやSiCなどの次世代パワー半導体の研究開発を推進しています。高性能で低損失な次世代パワー半導体は、電力効率を大幅に向上させ、カーボンニュートラルの実現に向けた重要な要素技術となることが期待されています。

GaNとSiCの棲み分け

次世代パワー半導体と呼ばれるSiCとGaNは、それぞれの特性を活かして異なる領域で活用されています。

SiCデバイスはモーター駆動など600V以上の高耐圧や大電流用途で強みを発揮します。具体的には、太陽光発電設備やEV市場での活用が拡大しています。一方、GaNは主に600V以下の中耐圧領域でスイッチング電源などの小型機器や、高周波用途で強みを発揮します。

具体的には、パソコンのACアダプタや携帯電話の急速充電器、データセンター用サーバーの電源などに広く利用されています。

パワー半導体にGaNを利用するメリット

従来のSiパワー半導体と対比しながら、パワー半導体にGaNを利用するメリットを3つ紹介します。

     
  • 充電速度が短くなる
  • 製品の小型化を実現できる
  • 省エネ効果を実現できる

充電速度が短くなる

GaNパワー半導体は、従来のSiに比べてバンドギャップが大きく、高温耐性に優れています。この特性により、GaNデバイスは高電圧と高周波数での動作が可能です。

GaNを搭載したスマートフォンやラップトップ用の充電器は従来よりも遥かに短時間で充電できるようになります。GaNの高耐圧・低損失特性は、急速充電技術に革新的な進歩をもたらしています。

製品の小型化を実現できる

GaNパワー半導体の採用は、製品の小型化に大きく貢献します。GaNの物性により高周波スイッチングが可能となり、インダクタなどの周辺部品を小型化できます。

さらに、GaNの優れた放熱性能により、冷却ファンなどの部品が不要になります。従来のSi製品と比べて大幅な小型化が実現可能となり、携帯性や設置の自由度が向上します。

省エネ効果を期待できる

GaNパワー半導体は、省エネ効果を飛躍的に向上させます。Siの10倍の耐電圧性能を持つGaNは、高電圧をより薄い半導体の層で遮断することができ、電気抵抗を大幅に低減します。これにより、エネルギー損失を従来の約10分の1に抑制できます。

さらに、Siインバーターで5%発生する熱損失を0.75%まで削減できるGaNの特性は、エネルギー効率の大幅な改善をもたらし、省エネルギー化に大きく貢献します。

GaNパワー半導体の用途や応用分野

GaNパワー半導体は高耐圧と低損失を実現し、機器の小型化と高効率化を可能にします。この特性を活かし、以下のような分野で活用されています。

     
  • ACアダプタ・急速充電器
  • 産業機器
  • データセンター
  • EV技術・EV充電器

パワー半導体にGaNを利用するデメリット

優れた特性を持つGaNパワー半導体ですが、いくつかの克服すべきデメリットがあります。ここではその中でも特に重要な2つのデメリットを解説します。

     
  • コストが高い
  • ノイズに弱い

コストが高い

GaNの基盤は、SiやSiCと比べて高価です。現状、2インチGaN基板の価格は10万〜20万円と高額で、パワー半導体の量産には6インチ基板で10万円以下である必要があるとされています。高コストである理由として、高品質なGaN結晶を高スループットで大口径化する技術が確立されていないことが挙げられます。

ノイズに弱い

GaNパワー半導体は、Siデバイスに比べてノイズに弱いというデメリットがあります。これは、ゲート駆動電圧のしきい値が低いことに起因します。ノイズ対策として、基板配線パターンの短縮やインダクタンス低減、高いコモンモード過渡耐圧を持つ駆動用ICの選択など、高度な回路設計が必要です。

つまり、従来のSiパワー半導体をGaNに単純に置き換えるだけでは不十分で、GaN特有の設計ノウハウが求められます。

GaNパワー半導体の世界シェア

株式会社フジ経済の「パワー半導体の世界市場を調査」によると、GaNパワー半導体の世界市場は、2023年の74億円から2035年には2,674億円へと、飛躍的成長が予測されています。現在は主にスマートフォンなどの高速充電用ACアダプタやサーバー電源が需要を牽引していますが、今後は自動車産業での採用が市場拡大の新たな原動力となる見込みです。

さらに、大手半導体メーカーの参入により供給増加と価格低下が進み、GaNパワー半導体が従来の高耐圧パワーMOSFETやSiC-FETに取って代わると予想されています。

出典:富士経済グループ
パワー半導体の世界市場を調査(https://www.fuji-keizai.co.jp/press/detail.html?cid=24020)
(2024年9月30日)

GaNパワー半導体の主要な国内メーカー

パワー半導体は、日本企業が国際的な競争力を維持している数少ない分野の1つです。世界市場のトップ10に入る企業の中には、三菱電機や、富士電機、東芝、ロームなど、日本を代表する企業が含まれています。これらの企業の取り組みを紹介します。

富士電機

富士電機は、1923年設立のパワーエレクトロニクス専門企業で、エネルギー、インダストリ、半導体、食品流通の4事業を展開しています。同社の強みは、パワー半導体の自社開発・製造能力と、それを搭載したパワーエレクトロニクス機器、システム、エンジニアリング・サービスをトータルで提供することです。

電気自動車(EV)の電力制御などに使うパワー半導体事業を強化するため、2024年度から2026年度まで半導体部門に約2000億円の大規模な投資を行います。さらにSiCを用いたパワー半導体の新たな製造ラインを日本国内の製造拠点に導入します。

三菱電機

三菱電機は、1921年に設立された大手電機メーカーで、家電から宇宙まで幅広い事業を展開するグローバル企業です。日本企業のパワー半導体市場でトップシェアを維持しています。

1990年代初頭からSiCパワー半導体の開発に着手し、2010年には世界初のSiCパワー半導体を搭載したルームエアコンを発売。2015年には東海道新幹線車両向けにフルSiCパワー半導体モジュールを開発し、2020年から実用化しています。

近年の取り組みとしては、2024年に大型産業機器向け大容量SiCパワー半導体モジュールを発売し、インバーターの高出力・高効率化に貢献しています。また、SiC基板の安定調達のためCoherent社のSiC事業会社へ約750億円を出資し、さらに熊本県に8インチSiC製品を生産する新工場を建設するなど、生産能力の拡大に注力しています。

東芝

東芝デバイス&ストレージは、2017年に東芝から分社化した半導体・HDD事業を担う連結子会社です。特にパワー半導体事業では、SiC MOSFETなどの次世代デバイスを開発・製造しています。

近年では、パワー半導体の生産能力拡大に向けて「ウエハーの大口径化」に注力しています。大口径化によって、一度に製造できる半導体の量が増加し、生産効率の大幅な向上が期待されています。東芝デバイス&ストレージの完全子会社である加賀東芝エレクトロニクスでは、2022年度に直径300 mmウエハーを使用する生産ラインを稼働させました。

さらに、2024年度中の稼働を目指して、新たな300 mmウエハー対応の製造棟の建設も進めています。これらの取り組みにより、東芝のパワー半導体生産能力は2021年度比で2.5倍に増強される見込みです。

ローム

ロームは、「品質第一」を掲げる半導体製品を中心とする電子部品メーカーです。省エネや小型化に寄与する製品開発を通じて社会課題の解決に貢献することを目指しています。

Siや、SiC、GaNを材料とする多様なパワーデバイスの開発と量産を進めています。幅広い製品ラインアップが特徴で、複数のデバイスを搭載したパワーモジュールなどを取り揃えています。また、製造、販売、サポート、企画が一体となったソリューション提案力も強みとしています。

2023年12月には東芝デバイス&ストレージとのパワー半導体共同生産を発表しました。ロームがSiCパワー半導体、東芝デバイス&ストレージがSiパワー半導体に集中的に投資することで、供給力を戦略的に拡大し、それぞれの製品を相互に活用する製造連携を実施します。両社の強みを生かしつつ、パワー半導体市場での競争力を高めることが期待されています。

まとめ

AIや、IoT、自動運転などのデジタル技術の発展により、次世代パワー半導体への注目が集まっています。高耐圧・低損失なGaNパワー半導体は、電力効率を大幅に向上させ、カーボンニュートラルの実現に向けた重要な基盤技術になると期待されています。

また、パワー半導体分野は、日本企業が世界市場で競争力を維持している数少ない半導体ビジネスです。日本の半導体産業が再び世界をリードできるかどうかは、このパワー半導体分野にかかっているかもしれません。今後のパワー半導体技術の発展にも引き続き着目していく必要があります。

PEAKSMEDIA編集チーム

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