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CRISPR-Cas9とは?原理や特徴・倫理的な問題についてわかりやすく解説

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CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)は近年ノーベル賞の受賞などにより注目を集めているゲノム編集技術です。遺伝子の特定部分を狙って改変することを可能とし、生命科学研究だけでなく、医療や農業分野などへの応用で大きな可能性を秘めています。

本記事では、CRISPR-Cas9の基本的な原理や特徴、そして、これまでどのように発展してきたかについて解説します。実際にどのような場面で利用されているかや、その技術に伴う倫理的な問題、解決策、従来のゲノム編集技術であるZFNやTALENとの違いについても比較して、CRISPR-Cas9の特徴を説明します。

CRISPR-Cas9とは

CRISPR-Cas9は、DNAの二本鎖切断を原理とする革新的な遺伝子改変ツールです。この技術は、微生物学者であるエマニュエル・シャルパンティエ博士と構造生物学者であるジェニファー・ダウドナ博士によって2012年に発表され、生命科学研究に大きな革命をもたらしました。

CRISPR-Cas9システムは、ガイドRNA(gRNA)と、ヌクレアーゼと呼ばれるCas9タンパク質から構成されています。gRNAは標的とするDNA配列を特異的に認識して結合するため、それによって目的の場所へ導かれたCas9がDNAの二本鎖を切断します。

この切断された部分は細胞の修復機構によって修復されますが、その過程でエラーが発生することがあるため、この修復エラーを利用して遺伝子の機能を失わせたり(ノックアウト)、新しい遺伝子配列を挿入したり(ノックイン)することが可能です。

2020年、シャルパンティエ博士とダウドナ博士はこの画期的な技術の開発によりノーベル化学賞を受賞しました。この受賞により、CRISPR-Cas9が生命科学研究に大きな発展をもたらしたことが示されました。

CRISPR-Cas9が注目されている理由

CRISPR-Cas9が注目を集めている主な理由は、その簡便性と効率性にあります。従来の遺伝子改変技術と比較して扱いやすく、時間やコストも抑えられるという特長があります。

従来の遺伝子改変技術では遺伝子の改変部位をコントロールすることはできませんでしたが、CRISPR-Cas9では標的のDNA配列を認識するgRNAを設計するだけで、狙った遺伝子を改変することが可能となりました。これにより、遺伝子の機能解析や疾患モデルの作成など、さまざまな研究分野で幅広く活用されています。

生活に身近な例では、医療分野や農業分野への応用が期待されています。遺伝性疾患の治療やがんなどの難治性疾患に対する新しいアプローチとして注目を集めており、農業分野では作物の品種改良などへの応用が進められています。

CRISPR-Cas9は、生命科学研究から医療、農業まで幅広い分野で革新をもたらす可能性を秘めていることから、多くの研究者の注目を集めているのです。

ノーベル化学賞受賞までの歴史

1987年、CRISPR-Cas9のノーベル化学賞受賞までの歴史は、大阪大学の石野良純博士らのグループが大腸菌のDNAに特徴的な繰り返し配列を発見したことに始まります。

当時、この配列の意味は不明でしたが、2002年にこの繰り返し配列が「CRISPR」と名付けられました。さらに研究が進められた2007年では、この配列が細菌や古細菌の獲得免疫システムの一部であることが明らかになりました。

転機となったのは2012年です。シャルパンティエ博士とダウドナ博士らの研究チームが、このシステムを利用して試験管内でDNAを切断できることを示しました。その後も、複数の研究グループがCRISPR-Cas9を用いて実際に生物のゲノムを改変することに成功しました。

以降、CRISPR-Cas9は急速に普及し、生命科学研究に革命をもたらすこととなります。そして2020年、この画期的な技術の開発によって、シャルパンティエ博士とダウドナ博士にノーベル化学賞が授与されました。

CRISPR-Cas9の発見から応用、そしてノーベル賞受賞までの歴史は、基礎研究の重要性と、他分野に専門をもつ研究者同士の協力がいかに大きな発見につながるかを示す好例といえるでしょう。

CRISPR-Cas9は何がすごい?

CRISPR-Cas9の大きな特徴は、ゲノム上の狙った場所を従来の方法よりも簡単に改変できる点です。

従来のゲノム編集技術では、目的の遺伝子を改変するために条件が揃っている必要があったり、準備に工数や費用がかかったりするなど、困難な点がありました。CRISPR-Cas9システムでは、標的とするDNAに対応したgRNAを設計するという、より簡便な方法で取り組むことができ、多くの研究者が利用しやすいという汎用性も備えています。

CRISPR-Cas9は単細胞生物から複雑な多細胞生物までさまざまな生物種に適用可能であるため、遺伝子機能の解明やモデル生物の作成、さらには遺伝性疾患の治療法開発など、多岐にわたる研究分野で新たな進展を可能としています。

複数の遺伝子を同時に編集できる点もCRISPR-Cas9のすごいポイントです。そのための研究キットの販売も行われており、複雑な遺伝子ネットワークの解析や、多因子性疾患の研究において特に有用です。

CRISPR-Cas9の登場により、ゲノム編集は日常的に使える技術となりました。
この技術を使わないと生命科学の研究では競争力を失うといわれるほど、CRISPR-Cas9は現代の生命科学研究に不可欠なツールとなっています。

CRISPR-Cas9の原理

CRISPR-Cas9システムの原理は、主に以下の3つの要素から構成されています。

  • PAM配列
  • ガイドRNA
  • ヌクレアーゼドメインという

これらの要素がどのように協調して働き、精密なゲノム編集を可能にしているのか、解説します。

PAM配列

CRISPR-Cas9システムにおいて、PAM(Protospacer Adjacent Motif:プロトスペーサー隣接配列)配列は、Cas9タンパク質が標的DNAを認識し、切断を行うための目印として機能します。

一般的に使用されている化膿性レンサ球菌由来のCas9(SpCas9)の場合、PAM配列は5′-NGG-3’(Nは任意の塩基)という特徴的な配列を持ちます。Cas9はこのPAM配列を認識・結合してDNAの切断を行います。

Cas9がDNAを切断するためには標的領域の下流にPAM配列が必要となるため、PAM配列に着目することがオフターゲット効果(意図しない場所での遺伝子編集)の減少に繋がることもあります。

ガイドRNA

ガイドRNA(gRNA)は、CRISPR RNA(crRNA)とtrans-activating crRNA(tracrRNA)から構成されます。

現在では、crRNAとtracrRNAが連続した1つのRNA分子となっているシングルガイドRNA(sgRNA)を使用するのが一般的です。gRNAの5’側にあるcrRNAは、標的DNA配列と相補的な配列を持ち、これにより特定のDNA領域を認識します。一方、3’側のtracrRNA部分は、Cas9タンパク質との結合に必要です。

gRNAの設計は、標的とするDNA配列に応じてcrRNA部分の配列を変更するだけで、異なる遺伝子領域を標的とすることができます(tracrRNA部分は共通して使用可能です)。実際にはパソコン上で扱えるウェブツールなどによってgRNAを設計できるため、この簡便さがCRISPR-Cas9システムが広く普及した理由の一つとなっています。

ヌクレアーゼドメイン

Cas9タンパク質には2種類のヌクレアーゼドメインがあり、それぞれHNHヌクレアーゼドメインとRuvCヌクレアーゼドメインと呼ばれます。これらのドメインは、標的DNAの二本鎖を切断する役割を担っています。

HNHヌクレアーゼドメインは、crRNAに相補的なDNA鎖を切断します。一方、RuvCヌクレアーゼドメインは、非相補的なDNA鎖を切断します。これら2つのドメインが協調して働くことで、PAM配列の上流3塩基目と4塩基目の間でDNAの二本鎖切断(Double Strand Break、DSB)が生じます。

DSBが生じると、細胞自身が持つDNA修復機構が働きます。この修復過程で、遺伝子の機能を失わせる(ノックアウト)ことや、新しい遺伝子配列を挿入する(ノックイン)ことが可能になります。

ノックアウトの場合、非相同末端結合(NHEJ)という修復機構によってDSBが修復されますが、この過程でエラーが生じることがあり、その結果として遺伝子の機能が失われます。

一方、ノックインの場合は、相同組換え(HDR)という修復機構を利用します。この際、挿入したい遺伝子配列を含むドナーDNAを同時に導入することで、目的の遺伝子配列を標的部位に組み込むことができます。

このように、CRISPR-Cas9システムのヌクレアーゼドメインは、ゲノム編集の核心となる部分を担っています。ゲノム編集の例えに「分子のハサミ」という言葉が用いられますが、ヌクレアーゼによる切断のイメージに起因するものです。

CRISPR-Cas9の利用例

CRISPR-Cas9は、その高い精度と効率性から、様々な分野で広く活用されています。この革新的な技術は、主に以下の分野で重要な役割を果たしています。

【医療分野】

     
  • 遺伝性疾患の治療:CRISPR-Cas9を用いて、ハンチントン病やデュシェンヌ型筋ジストロフィーなどの遺伝性疾患の原因となる遺伝子を修復する研究が進められています。
  • がん治療:がん細胞に特異的な遺伝子変異を標的とした治療法の開発や、免疫細胞を改変してがん細胞を攻撃する能力を高める研究が行われています。
  • 新型コロナウイルス感染症への応用:CRISPR-Cas9技術を利用した迅速かつ高感度なウイルス検出法の開発が進められています。

【農業分野】

     
  • 作物の品種改良:病害虫に強い品種や、栄養価の高い品種の開発に活用されています。
  • 農作物の収量増加:環境ストレスに強い品種の開発により、農作物の生産性向上が期待されています。
  • 食品の品質改善:保存性の高い果物や、アレルゲンの少ない食品の開発などに応用されています。

【基礎研究】

     
  • 遺伝子の機能解析:特定の遺伝子をノックアウトすることで、その遺伝子の機能を詳細に調べることができます。
  • モデル生物の作成:疾患モデルマウスなど、研究に必要なモデル生物を従来の方法より早く作成することが可能になりました。
  • 進化や生物多様性の研究:生物の進化過程や種間の遺伝的差異を調べる研究にも活用されています。

【その他の分野】

     
  • バイオ燃料の開発:微生物や植物の遺伝子を改変して、より効率的にバイオ燃料を生産する研究が行われています。
  • 環境浄化:汚染物質を分解する能力を持つ微生物の開発に応用されています。
  • 新素材の開発:クモの糸のような特殊な性質を持つタンパク質の生産など、新しい素材開発にも活用されています。

これらの利用例は、CRISPR-Cas9技術が持つ潜在的な可能性の一部に過ぎません。今後も新たな応用分野が開拓され、私たちの生活や社会に大きな影響を与えていくことが期待されています。

CRISPR-Cas9の倫理的な問題

CRISPR-Cas9は大きな技術発展ですが、生命の設計図であるゲノムを直接操作する技術でもあるため、それに伴った懸念も生じています。

特に議論を呼んでいる問題の一つが、「デザイナー・ベビー」の誕生です。
子供の容姿や運動能力、知能などを親が遺伝子操作によって決定してしまう可能性があるのです。この技術により、人為的に生じた遺伝情報の変化が子孫に受け継がれることから、人類の遺伝的多様性や社会の平等性に大きな影響を与える可能性があります。

これらの倫理的問題に対し、世界中の研究者や倫理学者、政策立案者が議論を重ねています。技術の発展と同時に、適切な規制や倫理的ガイドラインの策定が急務となっています。

技術の安全性に関しては、意図しない箇所に編集が起こるオフターゲット効果が発生する懸念も残っています。ゲノム編集の手段においてはロジック上は問題なくとも、どのようなゲノム編集においてもオフターゲット効果は基本的には起こる可能性のあるものです。
CRISPR-Cas9においてもオフターゲット効果の可能性があり、これが予期せぬ副効果を引き起こす場合があります。

解決策

CRISPR-Cas9技術の倫理的問題に対する解決策の一つとして、技術の精度と安全性を高める取り組みが進められています。特に、オフターゲット作用を低減させるための方法が複数開発されています。

例えば、Cas9タンパク質に点突然変異を導入しRuvCヌクレアーゼドメインを不活化させた「Cas9-D10A」(CRISPRニッケース)を利用すると、crRNAの標的鎖だけを切断することが可能になります。さらに、近い位置を標的とするガイドRNAを2種類用意することで、より狙いに近いゲノム編集ができます。

また、SpCas9に3箇所の点突然変異を導入してオフターゲット効果を起こりにくくした「eSpCas9」という改良型も存在します。

異なるPAM配列を持つCas9タンパク質を利用することも、オフターゲット作用を避ける一つの方法です。例えば、化膿性レンサ球菌由来のSpCas9のPAM配列(5′-NGG-3’)よりも、黄色ブドウ球菌由来のSaCas9のPAM配列(5′-NNGRRT-3’)の方が偶然に一致する確率が低くなるでしょう。

これらの技術的な改良に加えて、倫理的なガイドラインの策定や国際的な規制の整備も進められています。例えば、ヒトの生殖細胞系列(精子や卵子、受精卵)へのゲノム編集に関しては、多くの国で厳しい規制が設けられています。

また、研究者コミュニティ内での自主的な規制も重要です。例えば、日本ゲノム編集学会は、CRISPR-Cas9を含むゲノム編集技術の使用に関するガイドラインを策定し、倫理的な問題に対する指針を示しています。

CRISPR-Cas9とZFN・TALENの違い

CRISPR-Cas9以前にも注目されてきたゲノム編集技術があります。
よく比較されるのがZFN(Zinc Finger Nuclease:ズィーエフエヌ)とTALEN(Transcription Activator-Like Effector Nuclease:タレン/ターレン)の2つです。

ZFNは1996年に開発された最初のゲノム編集ツールです。この技術は、DNA配列を認識して結合するジンクフィンガードメインと呼ばれるタンパク質と、DNA切断ドメインであるFok I(フォックワン)ヌクレアーゼを融合させたタンパク質を使用します。ZFNは特定のDNA配列を認識し、その部位で二本鎖切断を引き起こすことができます。

一方、TALENは2010年に発表された第二世代のゲノム編集ツールです。TALENもZFNと同様に、DNA結合ドメインとFok Iヌクレアーゼを組み合わせたタンパク質です。しかし、TALENのDNA結合ドメインは、各モジュールが特定の塩基を認識する34アミノ酸の繰り返し配列から構成されており、ZFNよりも柔軟に標的とするDNAを選ぶことが可能です。

CRISPR-Cas9は、これらの先行技術と比較して、いくつかの重要な点で大きく異なります。顕著な違いは、DNA認識の方法です。ZFNとTALENがタンパク質を用いてDNAを認識するのに対し、CRISPR-Cas9はRNAを用います。この違いにより、CRISPR-Cas9は以下のような優位性を持ちます。

     
  • 設計の簡便さ:CRISPR-Cas9では、標的DNA配列に相補的なガイドRNAを設計するだけで良いため、ZFNやTALENよりも遥かに簡単。
  • コスト効率:ZFNやTALENでは、新しい標的配列ごとに新たなタンパク質を設計・合成する必要があるが、CRISPR-Cas9ではガイドRNAの配列を変更するだけで済むため、コストが大幅に削減できる。
  • 多重編集の容易さ:CRISPR-Cas9では、複数のガイドRNAを同時に使用することで、複数の遺伝子を同時に編集することが容易。
  • 汎用性:CRISPR-Cas9システムは、様々な生物種に適用可能であり、その適用範囲はZFNやTALENよりも広い。
  • 効率性:CRISPR-Cas9は、多くの場合ZFNやTALENよりも高い効率でゲノム編集を行うことができる。

一方で、CRISPR-Cas9では、オフターゲット効果(意図しない部位での編集)がTALENよりも高いとされています。

まとめ

CRISPR-Cas9技術は分子のハサミとも呼ばれており、生命科学研究や医療、農業など幅広い分野で応用が期待されている技術です。
その簡便さと効率性により誰もが遺伝子操作を行える可能性を秘めている一方、倫理的な問題やオフターゲット効果が起こる点などが懸念として残っているのも事実です。
分子のハサミが、その使いようによって大きな威力を発揮することがこれからも期待されています。

PEAKSMEDIA編集チーム

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