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IoT開発の難題と、AITRIOSが描く製造DXの未来|AITRIOSと製造DX【後編】

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IoTシステム開発の複雑さとエッジAIの役割について、製造DXの最前線に立つフロントランナーが議論する座談会の後半。前半では製造業におけるDX推進の課題を議論した。

後半ではセンサーからクラウドまで、幅広い技術が求められるIoT開発の現状と、ソニーのエッジAIセンシングプラットフォーム「AITRIOS」による解決策を探る。エコシステムの構築や、コミュニティの未来像についても語り合い、製造業DXの課題とその突破口にまで及んだ。

プロフィール

右から エッジAI開発スタートアップ 株式会社フツパー CEO大西 洋氏、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社 Factoryチームリーダー 成澤 龍氏、製造DXコンサルタント 株式会社focit 林 大介氏

IoTシステム開発の大変さ

林氏:ここからは開発の話を中心に進めます。製造業目線で、IoTのシステム開発は何が大変なのでしょうか?

これは大西さんにお願いします。

大西氏:ハードウェアが絡む故の幅の広さでしょうか。よく「IoTはテクノロジーの総合格闘技」と言われますが、ソフトだけでもハードだけでもダメ、どちらがすごいと言うことではなくて、本当に幅が広いという実態があります。

私は工場のプラントの監視で水の制御をAIで制御するような、IoTの開発を前職からやっていました。学生時代から自分でプログラムなんかは書いていたので何とかなると思ったら全く歯が立たない。当初はセンサーから何でデータが取れるのか、どうやってつなぐのか、そもそもPLC*も知らなかったくらいです。

結局、電気工事の資格を持っている人と一緒にやって、やっとPLCの画面でデータが見られるようになったと思ったら、今度はそれをクラウドに送って、どうスマートフォンに表示するのか…通信方式も違うし、センサーも千差万別(笑)

一同:大笑い

大西氏:本当に種類が多く、全部勉強する必要があって大変です。そうしてクラウドAWSに繋げて、ようやくデータが遠隔で見ることができIoTと呼べるものになります。つまり、クラウドに上げるまでのボリュームがものすごく大きい。とても1人では無理で、4、5人のチームで取り組んでようやく何か1つできるようなレベルなので、プラットフォーム化されないと進まないと思います。

成澤氏:野球でキャッチャー以外の全ポジションを一人で守るようなものですよね。

林氏:そうした大変な困難に対して、情熱やチームワークだけで立ち向かうには限界があって、それが製造業DXの難しいところだと思います。成澤さん、それに対してAITRIOS側で用意されている工夫や仕組みにはどのようなものがありますか?

成澤氏:私も同様の経験があります。PLCから特定のエラーが出た時にスマートウォッチにアラートを出して欲しい」というもので、「距離も近いし簡単でしょう?」と聞かれましたが言うのは簡単ですが果てしなく遠い(笑)

実際は、PLCからスタートしてAWSのIoT Greengrassを使って、クラウドに上げたデータをインターネット経由でスマートフォンに送り、Bluetoothで繋がっているスマートウォッチに「生産設備が止まりました」とようやく通知できる。シンプルなメッセージを表示させるだけでも、膨大なプロセスがあります。

この問題を全て解決できるわけではありませんが、AITRIOSを使えば一番難しいところ、画像の取り回しを楽にすることができます。

AI処理をするためのチップセットも、普通はすごく発熱するのでヒートシンクが必要になりますが、IMX500では不要です。IMX500/AITRIOSの組み合わせだけでそうした取り回しのところができて、少量のデータだけをクラウドにあげてインターネットに飛ばすことが可能です。クラウドを使わなくても工場内で完結させたり、スマホでちょこちょこ確認したり。IoTに詳しい人が1人いればなんとかできる。

林氏:AITRIOSで、クラウドに送るまでの「データの取り回しの一番大変なところをカバーする」と言うことですね。クラウドにデータが上がっていれば、そこまでハードルは高くない、できる人はいるということですね。

成澤氏:以前に医療用システムをやった時は、画像処理に24Mのイメージセンサーを使っていて、一晩で数百GBのデータを扱っていました。数百GBもあると、バックアップも容易に取れません。これがAITRIOSを使ってエッジ側でAI処理することで、流れてくるデータは数KB程度になるので、バックアップもcopyコマンドで簡単にできます。

あと、AI処理がイメージセンサーのハードウェアになっているところも重要です。

グラフィックボードを使ったような開発環境だと、オープンソースのツールがたくさん紐づいていることがあって、それをきちんとバージョンアップしなければ動きません。そのバージョンアップのためだけに開発のリソースが取られてしまうのも、大きなストレスになります。そうした部分がハードウェアになっていて、AIモデルを作って送り込むだけでいい。処理された出力データもテキストデータですから、扱うのは簡単です。

大西氏:先ほどIoT開発が大変だと話しましたが、大変さの半分はバージョンアップかもしれません。例えば、同じマイコンの台数を増やして導入したいので、同じ手順のシェルスクリプトで複数のデバイスにソフトウェアをインストールしようとした際、1台目はうまくいくのに、2台目以降が失敗するということが起こります。これは、インターネットからダウンロードするソフトウェアのバージョンが、インストールするタイミングによって変わっていることが原因と考えられます。そのため、依存関係が複雑になり、予期せぬエラーに陥りがちです。

どのようなコミュニティが必要とされるのか

林氏:IoT開発は扱う技術の幅がとても広いので難しいというお話がありましたが、例えば今のインストール問題とかどのように解決されているのでしょう?IoTには、例えば AWSのJAWS-UG※ のような、これに入っていれば大丈夫、というコミュニティがないと思いますが、それについてIoT開発者目線でどう思われますか?

※AWS系のクラウドコンピューティング利用者による非営利コミュニティ

大西氏:時間はかかりますが、基本的に公式窓口に問い合わせています。また、汎用プラットフォームに一番情報が集まっているように感じます。弊社のエンジニアに聞いたところプログラミングの時間の3分の1くらいはChatGPTに質問を書いているとも言っていました。最終的には窓口として生成AIに一本化されていくのかもしれません。

林氏:ChatGPTと言う話が出ましたが、AITRIOSが目指そうとしているコミュニティのイメージはどのようなものでしょうか?

成澤氏:基本的に、情熱を持って接しながら開発を進めていくという点は、ニーズや使い勝手のフィードバックを得るという目的で重要だと思います。その上で、集まったトラブルシューティング的な内容は、大西さんが仰るように生成AIの方に落ちていくと思います。開発者は問い合わせに発生するタイムラグが嫌で、すぐに回答を必要としています。私もスレッドに埋もれた情報を次々に拾い出してトピックごとに追いかけるのは大変なので、Copilotに聞いています。

新しいことをプログラムで作ろうとした時のスピードは、昔に比べて圧倒的に速くなっているので、問い合わせに伴うインタラクションはこれが最終形かなと思っています。例えば、AIで画像を処理しようとした場合、この画像でうまくAIの結果が取れないという質問をすると、明るくしてくださいとか画角を調整してくださいというような回答がすぐに返ってきて、AIのチューニングもこうした方がいいという答えが返ってくるのが理想的ですね。

林氏:簡単な問い合わせはAIが答えてくれて、前さばきはしてくれるみたいな。それでもっと複雑で難しい質問をすると、詳しい人を紹介してくれるとか。「それは大西さんに聞いてみてください」とか(笑)

大西氏:いや、本当にそうなりつつあると思います。最近、弊社の問い合わせでも『ChatGPTで知りました』という声が増えています。

嘘みたいな話だと思ったのですが試しにChatGPTに「製造業の人員配置を最適化したいがどうすればいい」と言う質問を投げると、弊社の「スキルパズル」というAIを使った人員配置の最適サービスが紹介されていて、そこを経由して問い合わせが来ていたのです。ChatGPTがレコメンドしてくれていると言うことになるので、これからはSEO対策のLLM版みたいなのが、もっとホットになると思います。

ChatGPTで紹介される、株式会社フツパーのスキルパズル

林氏:コミュニティの難しさとして、コミュニティ・マネージャーがどれくらい熱意を持って回すのかとか、中にいる人の熱量とか言われていますが、彼らのタスクの一部を生成系AIに寄せてマネジメントを自動的にさせながら、紹介サービスやマーケットプレイスなど複合技みたいなものを仕込んでいかないと、コミュニティとしても面白さやユニークさが出せないのかもしれません。製造業の人も答えはすぐに欲しいでしょうから、AITRIOSの目指すコミュニティはその辺りを狙うことになるのかもしれませんね。

大西氏:現状の課題としてChatGPTの中にテキスト情報しか残らないと言うのがありますね。

現場の写真や接続方法を記録した画像もアップされているのですが、そうした画像はChatGPTが拾いません。最近は画像が引っかかりやすくするため、検索精度を向上させるためのRAG(検索拡張生成)データを活用することでPowerPointの特定のページに関連情報が書かれているというテキストデータを付与することで、関連した画像も検索に引っかかるようになると考えています。

このような情報が集まるLLMやコミュニティがあれば、IoTはさらに進化すると思います。ソフトウェアはコードそのものがWEBの中にあるので精度の高い回答が返ってきますが、IoT分野は現場の重要な情報がすっぽり抜けたものしかインターネット上に公開されていません。将来的にはそうしたデータをAIが引き出せるようになる必要があります。紙の説明書にしか書かれていないことやPDF化した図まで引っ張ってきたらすごく便利になると思います。

AITRIOSの目指すエコシステム

林氏:エコシステムにはいくつかの側面がありますが、まず開発に関するエコシステムをどのように作ろうとしているのかをお聞かせください。特に日本の製造業がみんなで協力して進めていけるようなエコシステムを作るとして、どのようなものが理想的だとお考えですか?

成澤氏:ステークホルダーがAI開発、 カメラベンダー、システムインテグレーター(SIer)やエンドユーザーの工場の4つあって、そうした方々が使いやすいものを作るのが基本だと思います。

例えばカメラベンダーであれば、センサーのレジスタマップ*や使い方が提供されていないと使えないのでわかりやすくしたい。今はある程度経験のあるベンダーしか作れないが、もっと手軽に作れるようにできれば、あまり仰々しいカメラでなくてもセンサーがあれば小さいカメラなら簡単に作れるような世界が来るといいなと思います。

※マイコンが一時的にデータを保持する場所です。まるでコンピュータのメモリの小さな区画のようなもの

AIベンダーでは、小さなAIモデルを作れるベンダーはそれほど多くないので、そうした小さいAIベンダーが開発したモデルを私たちのチップに入れて販売できるような関係性が構築できると良いと思います。

最後の2つは現場に持っていくSIerとエンドユーザーの工場ですが、現場の工場の生産技術の人たちが使うと言う視点で使いやすいもの、オープンソースであったり、私たちが提供するSDKの使いやすさを上げていく必要性があると思います。それとは別に、SIerの立場からすると「手離れ」の良さ。パッケージ化されたものをある程度用意して、代理店のようなところが扱いやすくするように、パッケージ化してくれるベンダーさんを探すところでしょうか。

林氏:AI開発、カメラベンダー、SIerと工場と言うこの4つは、何もしないと混ざりません。それをちゃんと接着するためのプラットフォームとして存在するからこそ、4つがエコシステムに入っていれば回るという世界を描いている訳ですね。

成澤氏:私たちは「イメージセンサー屋」なので、これまではカメラベンダーがメインのお客様で、カメラになった後でどう使われているのは、把握しにくい立ち位置でした。今回AITRIOSを立ち上げて、実際にエンドユーザーであるお客様と話をして、このように使われているのか、こう言うものを見ているのだと言うことがわかりました。画角の調整がこんなに難しかったのかとか、こう言う治具を使っているかとか、それならばカメラ側にこれを用意しなければと言う話が、初めて繋がっていきます。そうした場を提供できるようになりつつあるのが、私たちの価値だと思っています。

(出典)ソニーセミコンダクタソリューションズグループ

大西氏:それが理想型だと思います。弊社はAIベンダーで、ワンストップでサービスを提供するのが強みです。カメラの選定から設置から全てやって、ようやく工程の自動化ができます。でもいろいろな会社の連携がもっとスムーズにいけば、例えば製造業の中の人が推進しながら、全部自社で自動化できるようになるかもしれない。コミュニティやプラットフォームにはそのポテンシャルがあると思います。全部任せたい中小のお客様は、弊社のようなワンストップサービスを使った方が楽なので、引き続き需要があると見込んでいます。

林氏:成澤さんが仰るエコシステムを構築するにあたって、もっとも大きな障害は何だと思われますか?

成澤氏:エコシステムでは信頼という部分が重要になると感じています。私も新規ビジネスをずっとやってきましたが、会社の名前が知られていて入りやすいと言う実感はずっとありました。エコシステムのように、いろいろなものを繋ぐ時にはソニーの積み重ねてきた信頼が武器になります。これは一朝一夕ではできないことだと思います。

大西氏:それは知名度だけではないですよね。品質もちゃんと考えられているだろうとか、付き合っていく上で任せることができる信頼感があります。

林氏:最後にビジネスの広がりの話をしたいと思います。以前、人間のように空気を読めるセンサー開発に携わっていたことが あります。センサーをたくさん組み合わせて、人間みたいに状況を察知できないかという発想でした。ソニーは世界最強のセンサー、目を持っている。センサーフュージョンの目線で行くと、20年30年後にどのような世界観を作っていきたいのか、お考えをお聞かせください。

成澤氏:ソニーの強みは、やはり光を捉える技術です。目に見える光だけじゃなくて、もっと広い範囲の光を捉えようとしているんです。例えば、赤外線や紫外線といった、私たちが普段は目に見えない非可視光を捉えることで、新しい可能性が開けるかもしれません。ソニーは非常にユニークな特性をもったさまざまなセンサーを開発しているので、これらをソリューションに組み入れることで何ができるのかを考えるのは、私たちソリューション事業に携わるメンバーのモチベーションにもなっています。

IMX500はRGBのセンサーのAI処理になりますが、この前段はRGBである必要はありません。もっと広い波長で取れてもいいし、距離情報が取れてもいいので、それを後段のAI処理に入れるのもセンサーフュージョンの一種と考えています。もちろん光以外の他のセンサーと組み合わせることで面白いことができると言うのも重要です。長期では他社のセンサーと繋ぐことで何ができるかを考えたい。ただ、開発するのは私たちではなくてパートナー企業やエンドユーザーです。彼らが色んな選択肢の中からチョイスして作れるという世界が大事だと思います。

林氏:大西さんから開発者目線で何かありますか?

大西氏:作りたいものが短期間で作れるようになるのが一番いいですね。音の違いなどは振動の違いとしてすでに画像と組み合わせている。画像をレベル1から10まで数値化して、時系列に音のデータも入るので、並列で扱えるようにしていけば今までわからなかったことがわかるようになる。データ量が膨大なので人では見れないがA Iでは処理できる。要素が増えればそれだけできることが増えるので、それが簡単にできるようになればと思います。AITRIOSだけで全て完結する必要はなくて、他のプラットフォームとも上のレイヤーで繋がれても良いと思います。どこまで行っても、やはり目はキラーコンテンツだと思うので、「見える」が深堀りされることが楽しみです。

製造業DXの発展に向けて

林氏:AITRIOSとして製造DXの文脈でこう使ってほしい、ここに力を貸して欲しいと言ったメッセージをいただけますか?

成澤氏:私たちは、コミュニティやステークホルダーを広げたいと言う思いがあります。中国に比べても日本の製造業の人件費が下がって競争力がついてきたように思います。それに、中国は「3年経ったら生産設備を変えるから保証は3年でいい」と言う考え方があるのですが、日本はそれに対して10年20年使うので、より高品質に作る文化があります。状況として、人手が減ってきて否応なしに何ができるのか突き詰めていく必要に迫られてきていると思います。日本人は、アイデアを出してどう使うのか、課題があってどうアプローチすればいいのかを思いつくのが得意なので、思いついたことをどう実装するのか、そこの手間を減らすお手伝いを私たちはしたいです。よりオープンマインドな製造業になるためのお手伝いをしたいと思っています。

大西氏:日本を支えるのは製造業だと思います。自動車も数万点の部品があって、中小の会社でも人がいなくなり、作れなくなったらBCPの問題になります。自動化に向けては海外企業の方が早く意思決定するイメージがあるので、日本も1、2段ギアを上げて取り組むべきだと思います。人が少なくなるからこそ、なんとしても自動化を進めたいと言う強い思いを持っています。

林氏:私はIoTこそ日本人に向いている技術だと思っています。ソフトウェアだけだと難しいかもしれませんが、ソフトとセットになっているハードウェアを作る技術がある。そう言う点でAITRIOS発展や今後の展開を楽しみにしています。

皆さんのお話を伺って、日本の製造業がもっとオープンマインドになって、支える仕組みだったり、横繋ぎで提供していこう、全体で製造業を盛り上げていこうとしていると感じました。今日はありがとうございました。

AITRIOS、およびそのロゴは、ソニーグループ(株)またはその関連会社の登録商標または商標です。

PEAKSMEDIA編集チーム

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