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プロフィール
株式会社ウフル 古城 篤
2009年、株式会社ウフルに参画。クラウドインテグレーション部門の責任者としてSalesforceやAWSのパートナービジネスを推進。その後、同社のデータサイエンス研究所の主席研究員に就任し、データライフサイクルの研究・開発を行い、2016年にChief Technology Officer(CTO)、2021年にChief Research Officer(CRO)に就任し、IoTやブロックチェーンの研究開発に取り組む。2022年からは名古屋大学未来社会創造機構モビリティ社会権研究所(GREMO)にて研究開発(非常勤)としてデバイスやデータの真正性の研究を行っている
カーボンニュートラルはあくまでも目的のための手段
ウフルは、アイディアとIT技術を駆使して、さまざまなソリューションを国や自治体、企業に提供していらっしゃるんですね。
ウフルでは、Salesforceの導入支援やデジタルマーケティング支援、クラウド・IoTシステムの構築などを通して、持続可能な社会を作るための価値提供を行っています。日本が提唱する未来社会のコンセプトであるSociety 5.0に向けて、データ連携基盤の構築も推進してきました。
また、IoTとセンシング技術やクラウド技術を取り入れた新しい都市である、スマートシティ分野でもさまざまな取り組みを行っています。
CROは、どのような役割を担うポジションなのでしょうか?
技術部門の強化と新技術の創出に向けて2021年に新設された役職で、研究開発の責任者です。
IT企業の研究開発というとITの技術そのものの研究のように思われがちですが、技術開発や研究開発を牽引するのは主にCTOの役割なんですよ。CROは、今後必要とされる先端技術の可能性と、その技術を適用できる領域を研究するイメージですね。
自治体や企業の依頼を受けて、イノベーションの実現に向けて伴走することも多いです。例えば、圧倒的なグローバルシェアを誇る自社製品のおかげで今後10年、20年は安泰な企業でも、新たな技術が登場していて将来的にはシュリンクする可能性があるわけです。だからこそ、今から生き残るための手立てをいっしょに探したりしています。
なるほど。やはり、DXやIoTの必要性を感じてウフルに相談する企業が多いのですか?
「DX化したい」「IoTをやりたい」という話はとても多いのですが、実はこれが一番良くないんです。DXもIoTも、業界や企業が抱える何らかの課題を解決するための手段にすぎません。いわば、枝葉の部分なんですが、DXやIoTに取り組むこと自体が、目的になっているケースが目立ちます。
目的が定まらないままアプローチだけまねをしても、結局従来の枠から抜け出せずに終わってしまうので、目的を腹落ちさせて心構えを持って取り組むことが大切です。
製造業のカーボンニュートラルについても同様のことが言えそうですね。
そうですね。カーボンニュートラルも、持続可能な未来に向けてクリアすべき指針のひとつであって、それ自体がゴールではありません。
一歩先を行っている世界の国々は、カーボンニュートラル自体が目標になりつつある日本の現状に違和感を持っているんじゃないでしょうか。
経済合理性を持たせることで、どの世代も取り残さない
脱炭素先進国は、カーボンニュートラルに関して今どんな取り組みをしているのですか?
世界で最も取り組みが加速しているのはEUですね。EUは今、廃棄物処理や製品設計などのルール改定を提示するなど「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」を政策として積極的に打ち出しています。
サーキュラーエコノミーは、リサイクルや再利用を前提として製品を生み出し、これまで廃棄されていた物を資源として活用することで、廃棄物を出さない経済モデルのこと。
いわゆる循環型社会と違うのは、新たな雇用を生み出すなど経済成長が含まれていることです。「持続可能な社会を作る」という本来の目標からぶれずに、施策を推し進めている印象です。日本でもEUの動きをなぞる形でサーキュラーエコノミーが新たな潮流となるでしょう。
国内の取り組みはどのような状況でしょうか?
国内では、2022年4月にプライム市場にCO2など温室効果ガスの排出量の開示が実質義務付けられました。
大企業の場合、ESG投資の影響もあり、非財務情報の開示拡充が進み、サステナビリティへの取り組みを自分事化する企業が増えています。しかし、企業規模やサプライチェーンでの立ち位置によって、「自社とは無縁」と考えている人も少なくありません。多様な立場の人とお会いする機会がありますが、危機感に差があると感じています。
この問題の根源は日本人の意識が大きく関わっていると思います。
意識というと?
今後サプライチェーンを担う企業として、これまで報告義務のなかった中小企業も排出量の算定を求められることが想定されます。むしろ本質的な解決のためには、中小企業の努力や意識の変化が必要です。
また、世代間でもギャップがあります。授業などでSDGsにふれてきた若い世代は、環境問題の解決や社会貢献こそ仕事をする意義であると考えていて、ごく自然にそうした取り組みを受け入れる傾向があります。
対して、経済成長を命題として邁進してきた世代は、「もうかるかどうか」が判断軸になっていることが非常に多いんです。僕もその一人ですが、昭和世代に根付いたこうした価値観は、なかなか変え難いものがありますね。
そうした意識の差を埋めていくことが、日本の製造業が取り組むべきことのひとつなんですね。具体的には、どうすれば良いとお考えですか?
取り組みに経済合理性を持たせることです。
先程、EUの話をしましたが、EUにも「カーボンニュートラルなんて言われてもよくわからん」「それをやったところで、俺の会社にとって何の利益があるんだ」という世代がいないわけじゃないんですよ。むしろ、そういう人たちのほうが、裾野が広くて数が多い。だから、ここを動かしていかないとカーボンニュートラルはもちろん、SDGsなんて実現できないんです。
こうした人たちを巻き込むための経済合理性をいかにして持たせるか。その仕組みづくりが喫緊の課題であり、そこに製造業にとっての未来があるとも考えています。
時代を受け入れて学び、成功体験を上書きする
経済合理性を持たせるための仕組みとしては、どういったことが考えられますか?
考え方としては、アメとムチを上手に使うことでしょうか。
例えば、「炭素税」はムチにあたると思います。今も「地球温暖化対策税」はありますが、企業のプレッシャーになるほどの税制ではないので、排出者の行動変容につながるような税制とすることが考えられます。つまり、「損するからCO2を出さないようにする」わけですね。
そして、「カーボンオフセット」がアメとなります。これは、経済活動や日常生活で排出されるCO2について、削減努力が及ばない分を再生エネルギーでの発電や森林保護といった、別の場所での排出削減・吸収によって相殺する考え方です。環境価値を創出する企業・団体から、削減しきれなかったCO2量と同等、もしくは上回る排出削減・吸収を行った証明を買うことで、埋め合わせをしたとみなします。
この証明をクレジットといい、国のお墨付きである「J-クレジット」が代表的です。すでにマーケットがあり、ブランド化している証書もあるので、これもひとつの経済合理性ですね。
経済合理性を持たせる仕組みとして、注目されている技術はありますか?
最近では、CO2そのものを再利用して資源化する技術が出てきています。CO2と水素を化学反応させて合成メタンを作り、そのまま都市ガスの代替として利用する方法です。水素の作り方、仕入れ方さえグリーンになれば、一種のサーキュラーエコノミーが実現するでしょう。
また、大気中のCO2を直接回収する技術である「ダイレクトエアキャプチャー(DAC)」も、世界各国の有名企業が積極的に投資して開発が進んでいる分野ですね。ダイレクトエアキャプチャーでCO2を回収しながら世界中を船で運航し、各地で動力となるエネルギーに変換してはまた運航するといった話も現実味を帯びてきています。
こうした廃棄物の再利用に関する経済合理性は、単にカーボンニュートラル推進の原動力としての意味合いだけでなく、製造業にとって新たなビジネスチャンスになりうる部分だと思うんです。
確かに、CO2が商品になるとしたら、製造業にとっては願ってもないことですね。
すでに技術はあるので、あとはコストや規模の問題、CO2排出量との兼ね合いといった問題をクリアすれば社会実装に組み込まれるでしょう。
なので、日本の製造業の方には、今の変革期を「面倒だ」とか「ピンチだ」とか思わずに、またとないチャンスが来たと考えていただけるとワクワクするのではないでしょうか。あと10年、15年経てば、廃棄物再利用の領域で主役になれるかもしれないわけですから。
その未来に向かって、製造業に携わる人が今できることは何だと思われますか?
今の変革期をビジネスチャンスだと捉えて勉強することだと思います。
「今がプラスに転じるための重要なタイミングだ」と思えば、いつ、どんな形で参入すべきかを見極めるために情報をキャッチアップすると思うんですよ。
自社の事業を伸ばすためにもうかるポイントを探し、タイミングを見計らって投資していくのは、これまでのビジネスと同じですよね。もっと言えば、昭和のビジネスの在り方と変わらないんです。それはつまり、サステナビリティ推進のボトルネックと思われている層が、最も得意とするところだということ。
この変化をビジネスチャンスだと捉えて学んでいく姿勢を持てれば、カーボンニュートラルは進み、さらには将来につながる事業のタネを植えることもできるのではないでしょうか。
変わっていく時代と製造業が置かれている現状を受け入れて、経済合理性のあるビジネスチャンスと捉えてもう一度チャレンジすること。そうやって新しい成功体験を積むことでしか、過去の成功体験を上書きはできません。
自社の現時点での立ち位置を知り、その位置から狙える10年後、20年後の自社をイメージして、独自性のある戦略を描きましょう。戦後の日本の成長を牽引した誇りはそのままに、高度経済成長を実現した「ものづくり日本」を超えるような製造業の底力を感じられる将来を期待しています。