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ネットゼロとは?
「ネットゼロ」を目標に掲げる国や都市、企業が増えています。「ネットゼロ」とは何か、類似用語との違いも含めて解説します。
「ネットゼロ(net zero)」とは?
ネットゼロ(net zero)とは、大気中に排出される温室効果ガスと大気中から除去される温室効果ガスが等しく、全体としては「実質(=net)ゼロ」になっている状態を指します。
温室効果ガスの排出量を極力抑えたうえで、削減できなかった分についてはカーボン・オフセットにより大気中から取り除こう、というのがネットゼロの基本的な考え方です。
温室効果ガスを大気中から除去することは、「カーボン・オフセット」と呼ばれています。
「カーボンニュートラル」との違い
ネットゼロと似た意味を持つ言葉として、「カーボンニュートラル」があります。
「カーボンニュートラル」も、ネットゼロと同じく、大気中に排出される温室効果ガスと大気中から除去される温室効果ガスが釣り合っている(=ニュートラルである)状態を指します。
ネットゼロとカーボンニュートラルは、目指す方向性は同じで、区別せずに使われることも多いです。
しかし、ネットゼロとカーボンニュートラルは、それぞれ別の機関が異なる指針や規格を定めているため、厳密にいうと以下のような点で異なります。
【具体的な温室効果ガス削減目標の有無】
ネットゼロでは温室効果ガス排出量の削減目標が設定されており、90%以上の削減が必要となります。一方、カーボンニュートラルでは、排出量に関する具体的な数値目標は決まっておらず、企業や国が自身で設定することになっています。
【カーボン・オフセットの位置付けと手段】
ネットゼロでは、カーボン・オフセット(温室効果ガスの大気中からの除去)に頼らず、排出量自体を可能な限り削減することを要求しています。また、植林や炭素除去技術の利用により「実際に大気中から除去」した温室効果ガス量のみをカーボン・オフセット量として認めており、再生可能エネルギーに投資することで「削減できたとされる」温室効果ガス量はカーボン・オフセット量としてカウントされません。
これに対し、カーボンニュートラルでは、そのような制限を設けていません。つまり極論を言えば、排出量を減削しなくても、太陽光発電や風力発電などに多額の投資を行うことでカーボンニュートラルに達することが可能です。
【対象範囲の広さ】
サプライチェーンの温室効果ガス排出量は、スコープ1~3に分類されています。
ネットゼロでは、スコープ1~3のすべて、つまりサプライチェーン全体の排出量を対象としており、原材料の輸送や、製品の使用・廃棄に伴う排出量(Scope3)も対象となります。
一方、カーボンニュートラルでは、企業自身の直接排出量(Scope1)と他社から購入した電気や熱などの間接排出量(Scope2)のみが対象で、Scope3への取り組みはあくまで努力目標とされています。
以上のことから、ネットゼロはカーボンニュートラルに比べ、より厳しい目標であると言えます。
一歩進んだ「カーボンネガティブ」
カーボンネガティブとは、温室効果ガスの排出量より吸収量のほうが多い状態のことで、カーボンニュートラルやネットゼロよりも一歩進んだ目標であると言えます。
最近では、気候変動問題により大きく貢献するため、カーボンネガティブを宣言する企業も増えています。
なぜネットゼロの実現が必要なのか
世界中でネットゼロの実現が急がれています。以下では、その背景を説明します。
温室効果ガスによる気候変動の抑止
世界気象機関(WMO)によると、気象災害の発生件数は1970年から2019年の50年間で5倍近くに増加しました。
2022年においても、世界中で記録的な猛暑、干ばつ、水害や土砂災害が起こり、多くの人が犠牲になりました。その経済的損失は約2,700億ドルと推定されています。
このような気象災害は、温室効果ガスによる地球温暖化が最大の要因と言われており、ネットゼロによる気候変動の緩和が求められています。
パリ協定の「1.5℃目標」達成責任
温暖化は国境を超えた地球規模の問題であり、持続可能な未来のために不可欠であるため、ネットゼロの実現は、単なる努力目標ではなく国際的な責務といえます。
ネットゼロが国際的な責任として注目されるようになった背景には「1.5℃目標」があります。
「1.5℃目標」は、2015年のパリ協定で提唱された「世界の気温上昇を1.5度以下に抑える」という目標です。
パリ協定では努力目標という位置付けでしたが、その後IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)により「温暖化による壊滅的な影響を防ぐには1.5度目標の達成が不可欠であり、そのためには2050年までのネットゼロ実現が必要である」という旨の報告が提出されました。
これが注目を集め、2050年までのネットゼロの実現と、それによる1.5度目標の達成が世界各国の社会的責任であることが世界の共通認識となりました。
ネットゼロを達成できないとどうなるか?
ネットゼロが達成できなかった場合、どのような影響が考えられるのでしょうか。
IPCCは、2050年までにネットゼロを達成できなかった場合、温暖化により地球に壊滅的な影響がもたらされる、と警告しています。
洪水、猛暑や熱波などの大幅な増加、動植物の絶滅の加速、海面水位の上昇、食糧生産への影響など、深刻な影響が予測されています。
スイス再保険による調査では、今のペースで地球温暖化が続けば、2050年には気温が2.0℃上昇し、それによりGDPの10%に相当する経済損失が予想されるとしています。また、最悪のケースでは3.2°C の上昇により18%の損失が発生する、とも報告されています。
これらの試算からも、ネットゼロの達成が急務であることがわかります。
どのようにしてネットゼロを達成するのか?
ネットゼロの達成方法、達成の評価基準について説明します。
温室効果ガス排出量の削減
前述のとおりネットゼロは、温室効果ガス排出量を徹底的に削減し、可能な限りゼロに近づけることを基本方針としています。
温室効果ガスの排出量削減には、以下のような具体策が考えられます。
- 再生可能エネルギーの利用促進
太陽光・風力・地熱・水力・バイオマスといった再生可能エネルギーの利用促進 - 交通手段の改善
電気自動車や公共交通機関の利用など、低炭素な移動手段の促進 - エネルギー効率の向上
建築物の断熱性向上や工場への省エネ効果の高い設備の導入 - 生産プロセスの改善
生産プロセスの最適化による使用エネルギー量の削減
このように脱炭素社会への転換には、再生可能エネルギー技術やエネルギー効率向上技術の革新など、多岐にわたるイノベーションが必要です。
また、より低炭素な移動手段や製品を選択するなど、私たち一人一人の行動変容も求められます。
削減できない排出量は相殺する
航空や農業など一部の分野では、技術的な問題や需要の問題から、温室効果ガスの排出量を完全に削減することは難しいと言われています。
このように削減できなかった排出量については、カーボン・オフセット(温室効果ガスの大気中からの除去)により相殺する必要があります。
カーボン・オフセットの方法は大きく以下の2つに分かれます。
【自然界に存在するカーボンシンクの強化】
カーボンシンクとは「炭素吸収源」、つまり「温室効果ガスを吸収するもの」を意味します。
代表的な例は森林や海洋などで、植林や既存森林の管理、海洋肥沃化などによりカーボンシンクを強化することで、温室効果ガスの吸収量を増加させることが可能です。
【人工的な炭素回収技術の利用】
大気中の温室効果ガス除去には、人工的な方法もあります。
直接空気回収(DAC)技術がその代表例です。大気中のCO2を直接回収する技術で、回収したCO2は地中に貯留されたり、別途利用されたりします。
全ての分野で温室効果ガスの排出量をゼロにすることは困難なため、カーボン・オフセットも組み合わせ、経済全体としてのネットゼロを目指すことが重要だと言えます。
取り組みの評価基準
温室効果ガス排出削減には多くの国や企業が独自の目標や評価基準を設定していますが、ネットゼロには「SBTi Corporate Net-zero Standard Version 1.0」という国際的な評価基準が存在します。
気候科学に基づいた目標設定がされており、具体的には以下のような事項が定められています。
- 排出削減対象はバリューチェーン全体
- 90%以上の排出量を削減する
- 残りの10%にカーボン・オフセットを適用可能
- 長期目標だけでなく中期目標を設定すること
この基準に従って温室効果ガス排出削減に取り組み、評価を行っていくことで、より的確な現状把握が可能になるでしょう。
ネットゼロに向けた世界と日本の動き
多くの国や自治体がすでにネットゼロ社会への移行を宣言しており、法整備や技術開発を進めています。以下では、世界や日本の取り組みについて紹介します。
国際的な取り組み
2017年にスウェーデンが世界で初めて気候変動に関する公約を発表し、それに続いて多くの国がネットゼロに関連する宣言を出しました。その後、温室効果ガスの主要排出国であるアメリカや中国も目標を表明するなど、ネットゼロに向けた流れが強まりました。
多くの国や地域で、再生可能エネルギーの利用や電気自動車の活用など、ネットゼロ社会への移行に向けた取り組みが加速しています。
世界規模で行われている取り組みとしては、Race to Zeroが挙げられます。
Race to Zero とは、UNFCCC(国連気候変動枠組条約)事務局が主催する、脱炭素化に向けたグローバルキャンペーンです。
企業や地方自治体、NGOなど、非政府主体を参加対象とし、2050年までにネットゼロ実現を目指す行動を促しています。現在8,307の企業、595の金融機関、1,136の都市など、計11,309の非政府主体が参加しています(2022年9月時点)。
日本の政策例
日本では、2020年に菅首相が脱炭素社会の実現を目指すことを宣言しました。
これをきっかけに、2021年には改正地球温暖化対策推進法が成立し、2050年までの脱炭素社会の実現が基本理念として法に明記されました。
また、同年には、脱炭素地域のモデルケースを作ることを目的とし、自治体が脱炭素を目指すための道筋をまとめた「地域炭素ロードマップ」が発表されました。
特に政府が注力している例としては、住宅のZEH化、ビルなどのZEB化が挙げられます。
ZEH(ネットゼロエネルギーハウス)、ZEB(ネットゼロエネルギービル)とは、実質エネルギー消費がゼロである住宅やビルのことです。
断熱効果が高い材料や省エネ効果が高い照明・空調などを利用することで消費エネルギーを削減し、使用するエネルギーは自ら生産することによりエネルギー収支をゼロにします。政府は基準を満たした住宅や建築物に補助金を出すなどの支援策を取っています。
ネットゼロに向けた企業レベルの取り組み
グローバル企業を始めとし、ネットゼロを宣言する企業が増えています。企業がネットゼロに取り組むメリットや、具体的な事例について解説します。
企業がネットゼロに取り組むべき理由・メリット
企業にとってネットゼロに取り組むことは、社会的な責任であるだけでなく、以下のように大きなメリットがあります。
【コストの削減】
ネットゼロに取り組むことで、エネルギーの効率利用が実現できます。これにより、企業はコストを削減し、生産性を向上させることができます。
【ブランド価値の向上】
ネットゼロに対する社会の関心は年々高まっています。ネットゼロへの取り組みをアピールすることで、消費者や投資家からの信頼度が向上し、ブランド価値や存在感を高めることができます。
【化石燃料依存からの脱却】
化石燃料価格は様々な要因によって変動します。化石燃料から脱却することで、不安定な化石燃料価格から事業を保護し、企業存続の可能性を高めることができます。
【今後の規制への柔軟な対応】
温暖化対策に対する規制は、今後ますます厳しくなると予想されます。企業が早期にネットゼロに取り組み、対策を講じておけば、将来的な法律や規制に対応することができます。
企業の具体的な取り組み事例
気候変動が深刻化する中で、1.5℃目標やネットゼロの重要性が一般に認識されるようになり、企業も積極的な取り組みを行うようになりました。
例えばAmazonは、2040年までにネットゼロを達成することを宣言し、2025年までには事業を100%再生可能エネルギーで行うことを目指しています。
具体的には、商品の配送ネットワークの最適化・配送の電動化や、施設制御技術およびリアルタイムデータ分析による建物内の暖房・冷却システムの最適化などを行っています。
また、日本企業の例では、パナソニックが2030年までに全事業会社のCO2排出量を実質ゼロにすることを目指しており、CO2ゼロモデル工場や水素エネルギー技術の開発、輸送距離の削減・積載率の向上によるCO2排出量削減など、様々な取り組みを行っています。
各国で脱炭素関連の法律や条例が制定されるなど、ネットゼロが現実味を帯びた目標となったことで、今後も多くの企業が温室効果ガス排出削減への設備投資を進め、脱炭素事業への投資が進むことが予想されます。
ネットゼロ達成度の現状と課題
ネットゼロの実現は様々な要因から厳しいものとなっています。ネットゼロ達成度の現状と課題について解説します。
現在のネットゼロ達成状況
ブータンなど一部の国ではすでにネットゼロが達成されていますが、ほとんどの国や企業ではネットゼロの実現は厳しい見込みとなっています。
アクセンチュアの調査レポート「Accelerating global companies toward net zero by 2050」では、「グローバル企業の34%がネットゼロに取り組んでいるが、現在のペースでは、ネットゼロを達成可能な企業はわずか7%である」と予想されています。
日本では、温室効果ガス排出量は年々減少しており、2020年の排出量は2013年比で18.4%減となっていますが、ネットゼロで求められる大幅な排出量削減からは程遠く、実現には大きなイノベーションが必要になると考えられます。
ネットゼロ実現の難しさ
ネットゼロへの投資は長期的には回収が見込めるものであり、ネットゼロを実現するための技術自体も存在するものの、ネットゼロの実現は容易ではありません。
その理由として、多くの企業や地域にとって、ネットゼロへの取り組みは未来への「投資」としてではなく、「コスト」として認識されていることが挙げられます。
ネットゼロを達成するためには、技術導入や発電設備・関連インフラの整備のために膨大な投資が必要になります。
長期的にはメリットがあるとはいえ、従来のエネルギーシステムを転換することは、企業や地域にとって大きな負担となり、資金調達自体が難しいケースもあるでしょう。
これらの課題を解決するためには、生産や消費、移動手段へのイノベーションに加え、政府による大規模な資金支援など、さらなる努力が必要とされます。
ネットゼロの今後の課題・展望
ネットゼロへの取り組みは世界的に広まっていますが、多くの課題が残されています。
今後の大きな課題は、世界のエネルギー消費量が経済成長とともに増加を続けており、今後もさらに増加すると見込まれていることです。
このような状況でネットゼロを実現するには、再生可能エネルギーの供給量を大幅に増やす必要がありますが、その実現には技術の進歩とコストの低減が不可欠です。
これらの課題を解決し、ネットゼロを実現するためには、さらなる国際協力が必要であり、政府、企業、研究機関が一丸となって取り組むことが求められるでしょう。
まとめ
本記事では、ネットゼロの必要性や実際の取り組み事例、今後の課題などを紹介しました。
ネットゼロとは、「温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」ことです。地球環境を守り、持続可能な社会を実現するために、2050年までにネットゼロの実現が求められています。