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ネイチャーポジティブと経済との関係は?近年の動向や産業別の概要も解説

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ネイチャーポジティブという言葉を聞いたことはありますか?

これは、自然の多様性を回復し、人間と自然の共生を目指す新しい考え方です。この記事では、ネイチャーポジティブの概念や経済との関係を分かりやすく解説します。

また、ネイチャーポジティブに取り組む産業の事例や動向も紹介します。この記事を読めば、ネイチャーポジティブの意義や可能性を知ることができるでしょう。自然との共生を目指す企業や団体の関係者はもちろん、ネイチャーポジティブに関心のある一般の読者にもおすすめの記事です。

ネイチャーポジティブとは

ネイチャーポジティブとは、自然の多様性を回復し、人間と自然の共生を目指す考え方です。ネイチャーポジティブの最大の目的は、生物多様性にあります。

生物多様性とは、地球上に存在するさまざまな生き物や生態系のことで、私たちの生活や経済にも大きな影響を与えます。しかし、人間の活動によって、生物多様性は大きく損なわれつつあります。これは、自然の恵みを失うだけでなく、気候変動や感染症のリスクを高めることにもつながります。

ネイチャーポジティブは、自然を守るだけでなく自然を活かすことを目指しています。つまり、多様性維持ではなく、多様性回復まで辿り着くのがゴールなのです。

ネイチャーポジティブの世界の動向

近年、ネイチャーポジティブの重要性が国際的に認識され、気候変動対策に次ぐ大きな潮流になりつつあります。ネイチャーポジティブとは、自然環境の保護と回復を通じて、生物多様性の損失を食い止め、自然との調和を図りながら持続可能な社会を実現しようとする考え方です。

この流れを受けて、2022年にカナダのモントリオールで開催された「国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)」で、2030年までの生物多様性保全の国際的な目標と行動計画が示されました。その中で、「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」と呼ばれる目標が設定されました。

「30by30」は、2030年までに地球の陸地と海洋の30%を自然環境エリアとして保全するという目標です。この目標の達成には、各国政府の積極的な取り組みが不可欠であり、保全エリアの拡大だけでなく、生態系の回復や自然と共生する社会の実現などが求められます。

COP15では、「30by30」以外にも、生物多様性の損失を止めるための具体的な目標が設定されました。例えば、生態系の復元、侵略的外来種の管理、汚染の削減、持続可能な農業や漁業の推進などが盛り込まれています。また、生物多様性の保全と回復に必要な資金を確保するための議論も行われ、先進国は、2025年までに年間200億ドル、2030年までに年間300億ドルを動員することが目標として設定されました。

これらの合意は、ネイチャーポジティブの実現に向けた重要な一歩として位置づけられます。各国政府は、この合意に基づいて国内の生物多様性戦略を策定し、具体的な施策を実施することが求められます。また、企業や市民社会との連携を強化し、社会全体でネイチャーポジティブの取り組みを推進することが重要です。

ネイチャーポジティブの実現には、各国政府、企業、市民社会の協力が不可欠です。「30by30」やCOP15の合意を踏まえ、自然との共生を図りながら持続可能な社会を構築していくことが、私たち一人一人に求められてその実現に向けて行動することが、地球の未来を守るために重要な鍵となるでしょう。

ネイチャーポジティブの国内の動向

日本においても、ネイチャーポジティブへの関心が高まり、さまざまな取り組みがはじまっています。その一つとして、環境省が立ち上げた自然共生サイトが注目されています。

自然共生サイトは、民間の取り組みによって生物多様性の保全が図られている区域を国が認定するものです。これには企業の森、ナショナルトラスト、ビオトープなど、生物多様性の価値を有し、さまざまな取り組みによって保全されている区域が含まれます。認定された区域は、保護地域との重複を除き、国際データベースに登録されます。この制度は、生物多様性の保全にポジティブな効果を波及させ、30by30目標の達成に貢献することを期待されています。

日本の生物多様性国家戦略は、国内の生物多様性の保全と持続可能な利用を目指すもので、自然共生サイトの設置や、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のような、自然に関連した情報開示の枠組みの導入など、企業や市民活動を含む広範な取り組みが推進されています。これらの動きは、生物多様性の保全が単なる環境問題ではなく、経済や社会の持続可能性にも深く関わる問題であることを示しており、ネイチャーポジティブなビジネスの発展にもつながります。

これらの取り組みは、国内外でのネイチャーポジティブな取り組みのモデルとなり、経済的価値の創出と自然の保全を同時に実現する道を示しています。

ネイチャーポジティブ経済

ネイチャーポジティブ経済は、環境と経済の相互依存関係を認識し、自然資本の価値を経済活動に組み込むことを目指しています。近年、多くの企業や政府が、生物多様性の保全と経済成長の両立を目指すネイチャーポジティブな戦略を採用しています。

例えば、持続可能な農業、森林管理、漁業などが挙げられます。これらの産業は、自然と調和しながら経済的価値を生み出すことが可能です。

ネイチャーポジティブ経済の実現について

環境省の「ネイチャーポジティブ経済研究会」は、2030年に国内で年125兆円の経済効果があると試算しており。これは、自然資本を守りながら新たなビジネス機会を創出し、雇用を生み出すことができるということを示しています。

また、世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書2024年版は2020年の報告書では、2030年には世界全体で年10兆ドルのビジネス機会が見込まれるとしており、ネイチャーポジティブな経済活動がグローバルな規模で重要性を増していることを強調しています。

これらの試算は、自然環境を守ることが経済的にも利益をもたらすという新しい経済モデルへの移行を示唆しています。企業や政府がこのようなアプローチを取り入れることで、持続可能な開発が促進されると期待されています。

TNFDについて

TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)は、自然関連のリスクと機会を金融市場に適切に組み込むことを目的とした国際的なイニシアチブです。気候変動対策におけるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)と同様に、企業や金融機関に対して、自然関連のリスクと機会の開示を促すためのフレームワークを提供しています。

TNFDは、2021年6月に正式に発足し、金融機関、企業、政府機関など、さまざまなステークホルダーが参加しています。TNFDのフレームワークは、自然関連のリスクと機会を評価し、開示するための指針を提供し、企業や金融機関の意思決定に自然資本の概念を組み込むことを目的としています。

TNFDは、自然関連のリスクと機会に関する情報開示を促進することで、ネイチャーポジティブな経済活動を推進する重要な役割を果たしています。企業や金融機関がTNFDのフレームワークを活用することで、自然資本の持続可能な利用と保全に配慮した事業活動を展開し、ネイチャーポジティブな経済の実現に貢献することが期待されています。

経済におけるネイチャーポジティブの実践

経済におけるネイチャーポジティブ実践とは、自然資本や生物多様性に対する自社の影響と依存を評価し、自然の回復に貢献する目標を設定することです。また、それに沿った行動を実行し、その結果を観測し修正するという一連のプロセスのことです。

このプロセスは、以下の4つのステップに分けて説明できます。

     
  • 関係性評価
    自社の事業活動やサプライチェーンが自然資本や生物多様性に与える影響(インパクト)と、自然資本や生物多様性から受ける恩恵(ディペンデンシー)を分析し、自社の自然資本に関するリスクと機会を把握することです。このステップでは、自然資本評価ツールや自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)2のフレームワークなどを参考にすることができます。
  • 目標設定
    関係性評価の結果をもとに、自然の回復に貢献する目標を設定することです。このステップでは、自社のビジョンや戦略、ステークホルダーの期待、国際的な目標やガイドラインなどを考慮することが重要です。目標は、SMART(具体的・測定可能・達成可能・関連性の高い・期限のある)なものであることが望ましいです。
  • 実行
    目標に沿った行動を実行することです。このステップでは、自社の組織や体制、業務プロセス、製品やサービス、サプライヤーや顧客などに対して、自然資本や生物多様性に配慮した改善や革新を行うことが求められます。実行にあたっては、PDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回すことが効果的です。
  • 結果観測と修正
    実行した行動の結果を観測し、目標の達成状況や自然資本や生物多様性への影響を測定し、必要に応じて目標や行動を修正することです。このステップでは、定量的な指標や目標を用いて、自社のネイチャーポジティブの貢献度を評価することができます。また、結果を内外部に開示することで、透明性や信頼性を高めることができます。

ネイチャーポジティブに取り組む企業の動き

企業がネイチャーポジティブに取り組む大きな意義は、自然関連のリスクの低減と機会の獲得を通して、経営基盤を強化できることです。

企業活動は生態系サービスを通して自然資本に支えられており、同時に影響も与えています。自然資本の持続的な利用・保全に取り組まなければ、事業継続が困難になる可能性があります。

一方で、ネイチャーポジティブへの取り組みは、変化する事業環境の中で顧客から選ばれる商品の提供につながり、長期的な経営基盤の強化にもなります。

以下では、各企業でのネイチャーポジティブへの取り組みを紹介します。

【海外企業】Apple

Appleは、革新的な炭素除去基金であるRestore Fundを通じて、自然に根ざした炭素除去プロジェクトへの投資を拡大しています。

Restore Fundは、生態系の保護・回復と同時に、投資家に金銭的リターンをもたらすことを目指しています。これは自然に根ざしたソリューションを通じて、炭素除去と経済的利益の両立を図る新しいモデルと言えます。

Appleはこうした取り組みを通じて、自然の再生とカーボンニュートラルの達成を目指しています。

【海外企業】BNPパリバ

BNPパリバは、投融資方針や企業との対話、共同行動への参加等を通じて、生物多様性の保全にコミットしています。例えば、生物多様性への影響が大きい特定セクターへの融資を制限したり、サプライチェーンでの森林破壊ゼロを目指す企業のみを支援する方針を打ち出しています。

また、循環経済の発展や、生物多様性に取り組む企業向けのサステナブルファイナンスの設計にも力を入れています。さらに、社員の意識向上や、生物多様性関連の調査・認識向上活動も推進しています。

【国内企業】花王

花王は、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のフレームワークを活用し、生物多様性と事業の関わりを分析しました。製品ライフサイクル全体で生物多様性の恵みを受けつつ、負荷も与えていることを認識し、その影響の低減とポジティブな影響の増加に取り組んでいます。

具体的には、固体油脂から製造できる洗浄成分「バイオIOS」の開発や、廃PETを利用したアスファルト改質剤「ニュートラック5000」の活用、脱炭素に資する投資判断へのインターナルカーボンプライシング制度の導入などを進めています。

【国内企業】積水化学工業

積水化学工業は、事業活動による自然資本へのリターンを目指し、ものづくりプロセスやサステナビリティ貢献製品の見直しなどを進めています。原料調達では森林破壊ゼロに向けた「木材調達方針」の見直しや、国内全事業所・研究所で生物多様性に配慮した緑地の質向上に取り組んでいます。

具体的には、外来種の駆除や希少種の保全、周辺環境と調和した緑地設計・管理などを実施。自然共生に向けた住宅開発でも、第30回「地球環境大賞」国土交通大臣賞を受賞しました。さらに、企業や自治体などとの協働も積極的に行っています。

イベントで情報収集も一つの方法

ネイチャーポジティブへの関心が高まる中、このテーマについての見識を深めたいと考えている方々にとって、オフラインでのイベント参加は貴重な情報源となります。環境保護や持続可能性に関するイベントは、最新の知見や実践的な取り組みに触れる絶好の機会となるでしょう。

すでに、2023年には環境省が主催した「ネイチャーポジティブ技術マッチングイベント」が開催されました。このイベントでは、ネイチャーポジティブに貢献する技術やサービスを持つ企業や団体が、自らの取り組みをプレゼンテーションや展示で紹介し、参加者とのマッチングを図りました。また、ネイチャーポジティブに関する基調講演やパネルディスカッションも行われ、多くの参加者が熱心に聞き入っていました。

今後も、政府主導や民間主導問わず、ネイチャーポジティブに関する交流イベントの開催が予想されます。ネイチャーポジティブに関心のある方は、イベント情報をチェックして、積極的に参加してみましょう。イベントで得た情報や人脈は、自身にビジネスや今後の活動に役立てることができるでしょう。

まとめ

この記事では、ネイチャーポジティブの概念やはじまり、また世界や日本における動向、経済におけるネイチャーポジティブ実践の考え方、産業別の捉え方などについて解説しました。ネイチャーポジティブへの取り組みは、生物多様性の保全だけでなく、経済的な持続可能性にも寄与してきます。本記事を通じて、ネイチャーポジティブが如何に重要であるか、またそれを実践することで経済や社会にどのような良い影響を与えることができるかが理解できたのではないでしょうか。


地域ごとの生態系を可視化する「ANEMONE」を主催する東北大学大学院生命科学研究科 教授の近藤倫生(みちお)氏への取材記事はこちらをご覧ください

PEAKSMEDIA編集チーム

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