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グリーンインフラとは
平成27年度に閣議決定された国土形成計画 第4次社会資本整備重点計画にて、国土の適切な管理、安全・安心で持続可能な国土、人口減少・高齢化等に対応した持続可能な地域社会の形成といった課題への対応策の一つとして、「グリーンインフラ」の取り組みを推進することが盛り込まれました。
ここでは、グリーンインフラとは何か、「グレーインフラ」との違いも合わせて解説します
グリーンインフラの意味
グリーンインフラ(Green Infrastructure)とは、自然環境が有する機能を社会におけるさまざまな課題解決に活用しようとする考え方です。近年、海外を中心に取り組みが進み、日本でもその概念が導入されつつあります。国際的に議論が活発化しつつある、自然の機能や仕組みを活用したインフラ整備や社会のあり方を目指す取り組みだと言えるでしょう。
例えば、土砂の流出を防ぐ棚田の保全活動、豪雨対策となる道路の植栽などが挙げられます。都心においてオフィスワーカーがくつろげ、生物が住めるような緑や水辺の整備もグリーンインフラの一つです。
グレーインフラとの違い
グリーンインフラに対して、コンクリートなどで作られたインフラのことをグレーインフラと呼ぶことがあります。グリーンインフラが自然に優しく長寿命などの特徴があるのに対して、グレーインフラは強固かつ規格化が可能、災害復旧の現場などで迅速に効果を発揮するのが特徴です。
現代社会においては、グリーンインフラとグレーインフラは決して対立する考え方ではなく、双方の特徴や良さを生かしたハイブリッド型のインフラ整備が求められると言えるでしょう。
グリーンインフラが注目される理由
グリーンインフラの「グリーン」は、水や植物という意味にとどまらず、緑や水、土、生物などの自然環境が持つ多様な機能や仕組みを含みます。これらを積極的に活かすことで防災や減災、地球温暖化の緩和やヒートアイランド対策、地域復などを主として暮らしをより豊かにするというわけです。
日本では国土交通省が令和元年7月に「グリーンインフラ推進戦略」を公表したことで、グリーンインフラが広く知られるようになりました。令和5年9月には「グリーンインフラ推進戦略 2023」が発表され、ネイチャーポジティブやカーボンニュートラルなどの環境課題への対応が世界的に求められていることを踏まえて、グリーンインフラの普及をさらに推進することにしています。
こうした施策の公表に先駆けてグリーンインフラが国内で注目を集めるようになった大きなきっかけが、東日本大震災です。海岸の松林が津波の勢いをやわらげ、被害軽減に役立ったことが広く報道されました。
日本をはじめ世界的に地球温暖化による気候変動への対策が喫緊の課題です。自然や生態系の持つ役割と機能を活かしたグリーンインフラ整備は、年々深刻化する気候変動に対応できる可能性がある手段と考えられています。またSDGs(持続可能な開発目標)のゴールである自然と共生した持続可能な社会へと近づけ、環境・社会・経済のさまざまな課題解決に資するとして、グリーンインフラは注目を集めているのです。
グリーンインフラの取り組み事例
グリーンインフラが注目される理由を踏まえ、ここでは、グリーンインフラにおける実際の取り組み事例についてご紹介します。
【国内】山口県山口市
山口県山口市にある「一の坂川(いちのさかがわ)」は、天然記念物「ゲンジボタル」が多く生息している地域です。
しかし、戦後の環境破壊(汚水)により、現在ゲンジボタルが絶滅の危機にさらされています。その上1971年の台風により、地域の人々も含め甚大な被害を受けてしまいました。
そこで、防災および生物の保全を目的に護岸工事を実施し、河川と住宅の間に深い溝を掘りました。上部には桜や柳などの樹木を、また河川敷には「セリ」や「ヨモギ」といった草を植え、生態系と住宅街への浸水防止施策を講じています。
また、地域の小中学校と連携し、1987年よりホタルを川へ放流する取り組みを開始しました。
山口市では、このようなグリーンインフラの整備により、地域の人々のくらしと生態系双方に配慮し、持続可能な社会を築けるような計画を進めています。
【海外】オランダ・アムステルダム
運河のある風景が魅力のオランダ最大の首都「アムステルダム」は、水と親しむことで発展をとげた美しい海運都市として知られています。
アムステルダムは自然遺産や多彩な文化も多い観光都市ですが、人口や観光客の増加による自然破壊や、海抜が低いことを要因とした水災害リスクの課題をかかえています。
そこで、2010年の「グリーンアジェンダ」によって、アムステルダムは持続可能な都市であり続けるためのさまざまなアクションプランを開始しました。
特に、50,000平方メートルの屋上緑化施設を都市部へ新設し、緑地を増やす政策に注力して都市の貯水システムを増やすことに成功しています。
また、気候変動の影響緩和を見越し、洪水リスクが高いエリアの建築を禁止し、街ぐるみの土木工事を行いました。それにより、河川の流れをコントロールして「都市と自然環境が共存」するためのグリーンインフラ政策を継続しています。
グリーンインフラのメリット
では、グリーンインフラを取り入れるメリットはどのような点にあるのでしょうか。自然を活かしたインフラを整備することで、以下のメリットが得られます。
【グリーンインフラのメリット】
- 自然災害の防止
- 地域の活性化
- 生態系の保全
それぞれのメリットについて詳しく解説します。
自然災害の防止
グリーンインフラによる大きなメリットの一つが、河川の氾濫や土砂災害などの自然災害を防止する対策になることです。
近年、日本では台風や豪雨被害、土砂災害、地震など毎年のようにさまざまな自然災害が頻発しています。このような自然災害に対して、グリーンインフラの活用により雨水を緑地に浸透させることで水害を防止する、土砂や流木をせき止める施設を作って土砂崩れによる被害を押さえる、樹林によって防風を防ぐなどの取り組みが可能です。
また、田の貯水機能を活用した「田んぼダム」、マングローブ林と堤防を活用した津波被害の減少なども、グリーンインフラを活用した自然災害への対策として挙げられます。
自然災害による被害は甚大であり、しかも頻発しているため、グリーンインフラを活用するメリットは非常に大きいと言えるでしょう。
地域の活性化
グリーンインフラの整備により緑や水のある景観が生まれると、地域の人々に対してレクリエーションや癒しの場を提供することが可能です。
例えば、公園や学校の工程を砂地から芝生に変えることで、景観が良くなるだけでなく、子供のけがや熱中症などを防止する効果も期待できるでしょう。そうした場を学校の授業やイベントで活用できれば、地域の人々にとってのコミュニケーション活性化にもつながります。
また、公園の広場などに雨水浸透型花壇を設置することで、急な大雨による浸水を防ぎ、花壇の中に一時的に貯めた水をゆっくりと循環させることが可能です。花壇は場所によって植えられる植物や形状に違いがあるため、人々の目を楽しませ、生活の質の向上にもつながります。
生態系の保全
グリーンインフラは、単に緑や水を増やせばよいという意味ではなく、自然が本来持つ機能を活かしたまちづくりと共に、生態系の保全にもつながります。
すでにある森林や河川、海周辺の環境を大幅に変更すると、生物のすみかを奪い、生態系の崩壊が起きてしまいかねません。そうすると、周辺地域で豪雨や地震などの自然災害が発生した際に被害が拡大するリスクが発生します。
日本は世界的に見ても雨が多いため草地は林に変わりやすく、林は成長して多様な樹種から成る極相林へ遷移していきます。台風や洪水、火災などで樹木が失われても新たに草木が芽吹き、もとの植生へと再生することが可能です。こうした自然がもとの状態へと再生していく力を復元力と呼びます。
こうした自然の遷移や復元力を考慮してグリーンインフラを整備することで、自己修復機能を備えた、人の手をあまりかけずに維持できる持続的なインフラにしていけることも、大きなメリットと言えるでしょう。
グリーンインフラの課題・デメリット
グリーンインフラにはさまざまなメリットがありますが、一方で抱える課題やデメリットもあります。グリーンインフラの主な課題・デメリットは以下の通りです。
【グリーンインフラの課題・デメリット】
- 初期費用が高い
- 住民から理解を得にくい
- 効果測定が難しい
それぞれについて、詳しく解説します。
初期費用が高い
グリーンインフラの課題・デメリットの一つに、初期費用が高いことが挙げられます。グリーンインフラの整備にあたっては地域全体を見て設計・整備を行う必要があるため、初期費用がかさむからです。また、グリーンインフラの整備にかかる費用や追加的な負担を誰がどのように担うのか、社会的な合意や仕組みづくりも必要になるでしょう。
また、日本は温暖湿潤な気候なので、国外で成功している事例通りに進めると予想以上に植物の成長が早く進み、メンテナンスも前倒しになるため早期に費用がかかるケースもあります。
ただし、整備後は下水道のメンテンナンスや修繕コストを抑えられる場合もあるため、長期的視点から見ると費用を節約できる可能性もあります。
住民から理解を得にくい
住民からの理解を得ながら取り組みを行うのが難しい点も、グリーンインフラが抱える課題・デメリットの一つです。
例えば、アメリカのオレゴン州ポートランド市とワシントン州バンクーバー市の行政職員に対して行われたアンケートでは、「住民との関わり方が課題である」という回答が40%を超えており、住民の理解を得ることの難しさが浮き彫りとなりました。
また、単年度予算主義を採用する行政の実態に鑑みると、長期にわたる事業になりやすいグリーンインフラ整備に対して予算がつきにくく、財源にも限りがあるため大規模な推進が難しいのも現状です。追加費用が必要になり、それを税金で賄うためには住民からの理解を得る必要がありますが、合意形成の仕組みづくりも十分にできているとは言えません。
効果測定が難しい
グリーンインフラは、効果測定が難しい施策である点も課題・デメリットとして挙げられます。
例えば、レクリエーション機能などの地域活性化や生態系維持など、グリーンインフラがもたらすと期待される効果がどれほどなのか事前に測定するのは難しいのが現状です。また、測定の基準も明確に定まっているわけではありません。そうすると、住民の同意を得てグリーニンフらを導入するのが困難になるケースも出てきます。
グリーンインフラの課題解決方法
上記のようにグリーンインフラの整備にあたっては多くの課題がありますが、ではそのような課題を克服するためにはどのような取り組みを行っていけば良いのでしょうか。例えば、住民参加型や民間企業主導型など、行政主導ではないグリーンインフラの推進、従来の政府財源だけに頼らない新たな資金調達方法の検討などが挙げられます。
ここでは、グリーンインフラの課題解決方法として、以下の2点を詳しく解説します。
【グリーンインフラの課題解決方法】
- 住民参加型にする
- 補助金・支援制度を利用する
住民参加型にする
グリーンインフラの整備を住民参加型にすることで、課題を解決できる可能性があります。
例えば、東京都八王子市では、開発による環境への負担の軽減、生態系の維持・再生(ホタルの保護)という地域課題に対し、東京都、八王子市、学識者、開発事業者、地域住民が連携してグリーンインフラに取り組んでいます。
環境に配慮した市街地の大規模開発を行うために行政と開発事業者が協力して水循環再生システムの導入などを行っていますが、再生システムや自然環境を維持していくためには、地域住民の協力が欠かせません。そこで、市民団体が中心となり、保全された自然環境の維持活動、さらに住民の自然環境保護への意識醸成のための啓発活動を行うことで、住民参加型による維持管理を実現しています。
地域においてグリーンインフラを整備していくためには、住民を含めた地域の関係者が自らのビジョンを検討する場が必要です。こうした場を支援し、他の地域における先進的な取り組みを学ぶ機会を提供することで、住民参加型のグリーンインフラ整備が可能になるでしょう。
補助金・支援制度を利用する
補助金や助成金などの支援制度を利用して資金調達を行うことで、グリーンインフラの抱えるコスト面の課題を解決できる可能性があります。実際に、さまざまな事業分野において、グリーンインフラの社会的実装に向けた支援制度が整備されてきました。
例えば、環境省・国土交通省・農林水産省が協力し、グリーンインフラに活用可能な支援制度を取りまとめているため、こうした制度を積極的に活用が資金調達面の後押しとなるでしょう。
また、グリーンボンドやインパクト投資など、環境やインフラ分野への投資が活発化していることを背景に、民間資金も活用した新たなグリーンインフラ整備も検討されています。
具体的な資金調達の方法については、次の章で解説します。
グリーンインフラの補助金・支援制度
続いて、具体的なグリーンインフラの補助金や支援制度の例をご紹介します。
【グリーンインフラの補助金・支援制度】
- グリーンインフラ創出促進事業
- まちなかウォーカブル推進事業
- グリーンボンド(資金調達用の債券)
グリーンインフラ創出促進事業
グリーンインフラ創出促進事業は、国土交通省がグリーンインフラに関する新技術・サービス開発促進のため、民間企業等による自然環境の多様な機能を利用する技術で実用段階に達していない物の開発支援を行う制度です。
応募テーマは以下の3種類です。
- 対象技術1:防災・減災に係る雨水浸透技術
- 対象技術2:定量的な効果のモニタリング技術
- 対象技術3:上記以外でグリーンインフラに関する技術(新技術の実用化に向けた研究・開発等の必要性が認められる提案であれば選定の対象とする)
応募テーマの公募を行い、応募のあった企画提案について、有識者で構成される評価委員会の審査を経て研究開発を実施します。
【事業スキーム図】
審査の結果4事業が選定され、今後当該技術等を用いて実証フィールドでの検証を行い、その実用可能性などを取りまとめる予定です。
まちなかウォーカブル推進事業
まちなかウォーカブル推進事業は、車中心から人中心の空間へと転換を図る、まちなかの歩いて移動できる範囲において、滞在の快適性の向上を目的として市町村や民間事業者等が実施する、道路・公園・広場等の整備や修復・利活用、滞在環境の向上に資する取り組みを重点的・一体的に支援し、「居心地が良く歩きたくなる」まちなかづくりを推進する事業です。
事業主体は交付金が市町村、市町村都市再生協議会、補助金が都道府県、民間事業者等、国費率1/2となっています。
具体的には、以下の2事業に分かれます。
- 社会資本整備総合交付金事業都市再生整備計画事業ーまちなかウォーカブル推進事業
- 補助事業まちなかウォーカブル推進事業
基幹事業は道路、公園、地域生活基盤施設(緑地、広場等)、高質空間形成施設(歩行支援施設等)、既存建造物活用事業、滞在環境整備事業、エリア価値向上整備事業、計画策定支援事業などです。
また、提案事業として事業活用調査、まちづくり活動推進事業、地域創造支援事業(市町村の提案に基づくソフト事業・ハード事業)となっています。
目指すのは以下の4つです。
- 歩きたくなる空間の創出Walkable
- 歩行者目線の1階をまちに開放EyeLevel
- 既存ストックの多様な主体による多様な利活用Diversity
- 開かれた空間の滞在環境の向上Open
グリーンボンド(資金調達用の債券)
世界的にSDGsやESG(環境、社会、ガバナンス)投資が注目される中、グリーンボンドも資金調達手段の一つとして注目を集めています。
グリーンボンドとは、企業や地方自治体などが環境改善に関する活動資金を調達するために発行する債券のことです。グリーンボンドにより調達される資金は、明確な環境改善効果をもたらす適格なグリーンプロジェクトに充当されるべきとされています。
ここで言う「明確な環境改善効果をもたらすグリーンプロジェクト」とは、例えば太陽光発電を設置する際に大規模な土地造成を実施し景観や生態系を損ねるなどの環境面からのネガティブな効果が、本来の環境改善効果と比べて課題とならないと発行体が評価するプロジェクトのことです。
具体的な調達資金使途の例は、以下の通りです。
- 再生可能エネルギーに関する事業
- 省エネルギーに関する事業
- 汚染の防止と管理に関する事業
- 自然資源・土地利用の持続可能な管理に関する事業
- 生物多様性保全に関する事業
- クリーンな運輸に関する事業
- 持続可能な水資源管理に関する事業
- 気候変動に対する適応に関する事業
- サーキュラーエコノミーに対応した製品、製造技術・プロセス、環境配慮製品に関する事業
- グリーンビルディングに関する事業
まとめ
SDGsやESG投資の意識の高まりに伴い、地球温暖化による気候変動への対策は世界的に見ても喫緊の課題です。自然や生態系の持つ役割と機能を活かしたグリーンインフラの整備は、年々深刻化する環境問題に対応するための手段として注目を集めています。
グリーンインフラには自然災害の防止や地域の活性化、生態系保全などメリットが多いですが、一方で初期費用が高い、住民の理解が得にくい、効果測定の難しさなど課題・デメリットも少なくありません。効果的なグリーンインフラを整備するためにも、課題解決方法や補助金や支援制度について知っておくことが大切です。