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ナッジとは?ナッジ理論の意味や効果・身近な事例・ビジネスでの活用方法を紹介

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ナッジ理論は、人々の選択や行動を、強制ではなく自然な形で望ましい方向へと導く行動経済学の理論です。日常生活からビジネスまで幅広く応用でき、その効果が注目されています。
この記事では、ナッジ理論の基本的な概念や身近な事例、ビジネスでの活用方法について詳しく解説します。ナッジの基本原則やフレームワークを理解し、心理学の知見も踏まえながら戦略的に活用することで、顧客満足度や従業員エンゲージメントの向上、ひいては企業業績の改善につなげられるでしょう。

ナッジとは

ナッジ(nudge)とは、英語で「軽くつつく、そっと押す」という意味の言葉です。行動科学の分野では、人々の選択や行動を、強制ではなく自発的に望ましい方向へと誘導する手法を指します。

ナッジ理論は、2008年に経済学者のリチャード・セイラー教授とキャス・サンスティーン教授が提唱しました。「経済的インセンティブを大きく変えたり、罰則・ルールで行動を強制したりすることなく、行動科学の知見に基づいた小さな工夫で人々の意思決定に影響を与え、望ましい行動変容を促す」というのがナッジ理論の概要です。

ナッジ理論は行動経済学の応用です。人間の意思決定の非合理性に着目し、選択の自由は確保しつつ、望ましい選択肢に誘導するようにデザインすることで、個人と社会全体の利益につながる行動変容を目指します。

ナッジ理論の身近な例

ナッジ理論は私たちの身近な場面でも活用されています。その具体例と目的、効果を以下の表にまとめました。

活用例 目的・効果
レジ待ちの並び位置に貼られた足跡のステッカー 整列を促進し、混雑を緩和する
トイレの「いつも綺麗に使っていただいてありがとうございます」という貼り紙 利用者のモラルに訴えかけ、美化への協力を引き出す
階段利用を促す「〇〇kcalの消費」「〇〇階までXX段」などの表示 健康的な行動を促し、エレベーターの混雑を緩和する
飲食店のメニューに人気メニューとして表示 選択のデフォルトを提案し、意思決定をアシストする
通販サイトで、注文完了前に「〇〇円以上で送料無料」などのメッセージを表示 購入金額の追加を促し、客単価アップを図る

これらのナッジは、選択の自由を奪うことなく、人々の無意識の選択をナビゲートすることで、双方にとって有益な行動変容を生み出しています。

たとえば、階段利用を促す表示は、利用者の健康増進と施設のエレベーター負荷軽減を同時に実現。飲食店の人気メニュー表示は、客の意思決定の手間を省きつつ、店側の売上向上にも寄与しているのです。

ナッジ理論の悪用例

一方で、ナッジ理論を悪用し、人々を騙したり損なわせたりする事例も見受けられます。このような悪質なナッジは「スラッジ(Sludge)」と呼ばれています。

スラッジの具体例としては、以下のようなものが挙げられます。

     
  • 解約手続きをわざと複雑にし、サービス継続を強要する
  • ホテルの部屋を予約する際、オプションにデフォルトでチェックを入れ、気づかずに余計な料金を支払わせる
  • アプリやサイトで、有料会員登録をしつこく促す表示を行う
  • 投資や取引の画面で、損失額よりも利益額を強調表示し、リスクを軽視させる

これらのスラッジは、人々の選択を誤った方向に導いて、事業者側の利益を優先するものです。たとえば、解約の煩雑さを理由にサービス継続を強いることは、顧客の選択の自由を阻害しています。

有料登録の執拗な勧誘は、短期的な売上にはつながるものの、顧客の不信感を募らせてしまい、長期的には企業イメージを損ないかねません。損失とリスクを軽視させる投資誘導は、顧客に不利益をもたらす可能性が高く、倫理的にも問題があると言えるでしょう。

こうしたナッジ理論の悪用は、顧客からの信頼を失い、ブランドイメージを大きく毀損するリスクがあります。企業は、ナッジの効果を最大化しつつも、スラッジに陥らないように、顧客の視点に立った倫理的な活用を心がける必要があります。

ナッジ理論の基本原則

ナッジ理論を活用するうえで重要な基本原則として、”NUDGES”の頭文字を取った以下の6つの要素が挙げられます。

     
  • インセンティブ(iNcentives)
  • マッピングの理解(Understanding mappings)
  • デフォルト(Defaults)
  • フィードバックの提供(Give feedback)
  • エラーの予期(Expect error)
  • 複雑な選択の体系化(Structure complex choices)

これらの原則を踏まえることで、人々の行動を望ましい方向へと効果的に誘導できます。以下、それぞれの原則について具体例を交えて説明していきます。

インセンティブ(iNcenives)

インセンティブとは、特定の行動を促すための動機付けのことです。金銭的報酬だけでなく、社会的な認知や自己実現なども含まれます。

ナッジ理論では、過度な経済的インセンティブによる強制ではなく、行動のメリットや利益を適切に提示することが重要です。たとえば、店舗での買い物に対してポイントを付与し、貯まったポイントを商品と交換できるようにすることで、顧客の再来店や継続利用を促せます。

マッピングの理解(Understanding mappings)

マッピングとは、選択肢から期待される結果を予測し、理解しやすい形で提示することです。専門的な数値データを馴染みのある単位に置き換えたり、結果をビジュアル化したりするのは、マッピングの一環と言えます。

たとえば、家庭のエネルギー使用量をリアルタイムで表示し、過去の使用量や近隣家庭との比較データをグラフでわかりやすく提供することで、省エネ行動を促します。

デフォルト(Defaults)

デフォルトは、何も選択しなかった場合に自動的に適用される初期設定のことです。ナッジ理論では、推奨している選択肢を初期値として提示することを意味します。多くの人は、デフォルト設定をそのまま受け入れる傾向があるため、望ましい選択肢をデフォルトにすることで、ナッジを実現できるのです。

たとえば、パソコンの省電力設定やプリンタの両面印刷設定などは、デフォルトによるナッジの好例です。利用者は設定を変更する手間を避けるため、結果的に環境配慮につながるのです。

フィードバックの提供(Give feedback)

ナッジ理論におけるフィードバックの提供とは、選択や行動の結果に対するフィードバックを即座に提供し、次の行動改善を促すことです。結果を可視化し、客観的に評価できるようにすることが肝要となります。

たとえば、ゴルフ練習場での打球データ表示は、視覚的なフィードバックにより、効果的な練習を促進します。学習アプリの進捗管理機能なども、フィードバックによる行動改善の一例と言えるでしょう。

エラーの予期(Except error)

人は誰でも間違いを犯すものです。ナッジ理論では、起こりうるエラーをあらかじめ想定し、それを回避・軽減する工夫を施すことが重視されます。

パスワードを忘れた場合のリセット機能や、危険運転を察知するセーフティ機能などは、この原則に基づいたナッジと言えます。また、オンライン書類でのエラーチェック機能も、ミスを防ぐナッジの好例でしょう。

複雑な選択の体系化(Structure complex choices)

選択肢が多すぎたり、複雑だったりすると、意思決定が難しくなります。そこで、選択肢を整理し、比較しやすい形で提示するのがこの原則です。

ECサイトでの商品カテゴリ分類や、比較表の提示などは、複雑な選択を助けるナッジと言えます。また、社員食堂で健康メニューをわかりやすく表示するのも、望ましい選択への誘導につながる例の一つです。

ナッジ理論で実践に用いるフレームワーク

ナッジ理論を実践する際には、”EAST”と呼ばれるフレームワークが有効活用されています。

イギリスの行動インサイトチーム(BIT)が開発したこのフレームワークは、以下の4つの要素で構成されています。

要素 概要
Easy(簡単) 選択や行動の障壁を取り除き、シンプルに利用できるようにする。分わりやすいメッセージ、手間の削減、デフォルト設定の工夫などが含まれる。
Attractive(魅力的) 選択肢やインセンティブを魅力的に設計する。注目を集める工夫、報酬や利得の設計、ゲーミフィケーションの活用などが含まれる。
Social(社会的) 社会規範や他者の行動を示すことで、望ましい行動を促す。多数派の行動の提示、公的な約束の活用、ソーシャルプルーフの利用などが含まれる。
Timely(適切な時期) 行動変容に効果的なタイミングで働きかける。タイミングの良い提示、即時的なコストやメリットの考慮、具体的な行動計画の支援などが含まれる。

たとえば、書類提出の手続きを簡素化するのは「Easy」、ポイント制度で購買行動を促すのは「Attractive」、多くの人が取り組んでいる行動を示すのは「Social」、契約更新時期に合わせたキャンペーンを実施するのは「Timely」にあたります。

EASTの各要素を適切に組み合わせることで、人々の行動変容を効果的に促すナッジを設計できるのです。企業は、このフレームワークを参考に、自社のビジネス課題に即したナッジ施策を検討していくことが期待されます。

ナッジ理論のメリットを得やすい場面

ナッジ理論は、以下のような場面でメリットを発揮しやすいと考えられます。

     
  • 情報が多すぎたり、複雑すぎたりして選択が困難な場合
  • 選択の結果が明確にイメージできない場合
  • 選択の結果がすぐに表れない場合

情報過多や複雑さゆえに意思決定が難しい状況では、情報を整理し、わかりやすく提示するナッジが有効です。たとえば、保険やローンの契約など、専門的な知識が求められる選択場面において、比較表の活用やデフォルト設定の工夫により、顧客の意思決定をサポートできます。

また、選択の結果を想像しにくいケースでは、詳細な画像や動画、利用シーンの提示などにより、購入イメージを喚起するナッジが役立ちます。新しいサービスの利用を促す際にも、トライアル期間の設定や、利用手順の可視化といったナッジが効果的です。

さらに、健康増進や習慣形成など、選択の効果が即座に現れない場合には、行動の記録や進捗の可視化、リマインダー通知などを行いましょう。それにより、モチベーションを維持し、望ましい行動を定着させられます。

このように、ナッジ理論は、意思決定が難しい場面、結果がわかりにくい場面、効果が出るまで時間がかかる場面などで、特にその真価を発揮すると言えるでしょう。

ナッジ理論の活用における注意点

ナッジ理論は、人々の選択や行動を望ましい方向へ誘導する強力な手法ですが、 以下の点に注意して活用する必要です。

     
  • リバタリアン・パターナリズムの考え方を踏まえる
  • 効果検証と改善のサイクルを回す

リバタリアン・パターナリズムとは、”選択の自由を確保しつつ、より良い方向へ誘導する”という考え方です。ナッジの設計においては、あくまで個人の意思決定の主体性を尊重し、選択の自由を阻害しないよう配慮することが求められます。

加えて、ナッジの効果検証と改善のサイクルを回すことも重要です。ナッジの設計には緻密な行動データ分析が欠かせません。施策の実施後も、行動変容の度合いを定量的に評価し、より効果的なナッジへと改善していくことが求められます。

これらの注意点を踏まえつつ、ナッジ理論を真摯に活用することで、企業と顧客、そして社会全体の利益につながる行動変容を促していくことができるでしょう。

ナッジ理論の具体的な活用事例

ナッジ理論は、営業やマーケティング、人事やマネジメントなど、ビジネスのさまざまな分野で活用が広がっています。

以下で、各分野におけるナッジの具体的な活用例を見ていきましょう。

営業分野

営業の現場では、ナッジ理論を活用したセールス手法が注目されています。その一例が、「松竹梅の法則」を応用した見積もり提示です。高中低の3つの価格帯で選択肢を示すことで、中間の選択肢に誘導するナッジを活用しています。売りたい商品やプランを中間に配置することで、顧客の選択行動をコントロールできるのです。

また、「アンカリング効果」を利用した価格交渉も、営業でのナッジ活用例と言えるでしょう。まず高い価格を提示し、そこから値引きすることで、顧客に割安感を与えることが可能です。さらに、商品比較の場面でも、性能やスペックの提示順によって顧客の判断を誘導できます。

マーケティング分野

マーケティングの領域でも、ナッジ理論の応用が進んでいます。その好例の一つが、メールマガジンの配信設定です。多くの企業が、購読希望のデフォルト設定をオンにすることで、読者数の増加を図っています。また、開封率向上のため、件名に興味を惹く言葉を盛り込むのもナッジの一種と言えます。

価格戦略においては、前述の「松竹梅の法則」に加え、「サンクコスト効果」を狙う施策も見られます。たとえば、会員ランクの設定や、購入金額に応じた特典により、顧客の購買意欲を高めるナッジが活用されているのです。

人事・マネジメント分野

人事やマネジメントの場面でも、ナッジ理論の活用が注目を集めています。

その好事例の一つが、千葉市の男性職員育休取得促進策です。育休取得を基本とし、取得しない場合に申請を求める方式へと変更したところ、2016年には12.6%だった男性職員の育児休業取得率が2021年には83.2%まで増加しました。デフォルト設定の変更という、シンプルながら効果的なナッジが奏功した例です。

また、社内の自動販売機で健康飲料の品ぞろえを見直すことも、ナッジ理論の有効な活用例として注目されています。健康的な飲料を中心に据えることで、社員が特に意識せずに健康的な選択をしやすくなるのです。

ナッジ理論をビジネス活用する際の手順

ナッジ理論をビジネスで実践する際には、”BASIC”と呼ばれるフレームワークが有効活用されています。BASICは、ナッジ理論を活用する際の手順を示したフレームワークで、OECD(経済協力開発機構)によって提唱されました。

BASICは、以下の5つのステップで構成されています。

要素 内容
1.Behavior(行動の観察) 問題となる行動を特定するため、事実ベースで一連の行動を洗い出す。意識や態度ではなく、あくまで行動そのものに着目する。
2.Analysis(行動の分析) 問題行動の要因を行動経済学の観点から分析する。対象者の心理状況や、行動を取り巻く環境などにも目を向ける。
3.Strategy (戦略の立案) 分析結果を踏まえ、ナッジによる対応策を検討する。先行事例の応用や、複数のナッジの組み合わせも有効だが、シンプルさを心がける。
4.Intervention(施策による介入) ナッジを取り入れた施策を実施する。効果検証のためのデータ収集・分析環境の整備も並行して行う。
5.Change(変化の計測) ナッジ施策による行動変容の度合いを把握し、次の施策改善につなげる。対象属性や時期による変化の有無などを多角的に検証・評価し、知見を他案件へと応用していく。

まず、Behaviorのフェーズでは、データに基づいて問題となる行動パターンを特定します。次のAnalysisでは、その行動の背景にある心理的要因や環境要因を、行動経済学の知見を活かして分析するのです。

続くStrategyでは、分析から得られた示唆をもとに、ナッジを活用した具体的な対策を立案し、Interventionのステップでは、その施策を実際に実行に移し、効果の計測に必要な準備も進めます。最後のChangeでは、行動変容の度合いを定量的に把握し、施策の妥当性を評価します。得られた知見を、次の施策改善や、他案件への応用につなげていくのです。

このように、BASICフレームワークに沿ってナッジの実践を進めることで、各フェーズにおける検討や評価を着実に行い、ビジネス課題の解決につなげられます。

ナッジ理論の効果的な活用のために知っておくべき心理学

ナッジ理論を効果的に活用するには、人間の心理や行動特性に関する理解が不可欠です。特に、行動経済学の知見を応用したナッジの設計においては、心理学の基礎知識が大いに役立ちます。

以下の表は、ナッジ理論に関連する主な心理学用語とその概要をまとめたものです。
これらの心理特性を踏まえることで、より説得力のあるナッジ施策を立案することができるでしょう。

用語 内容
現在志向バイアス 将来の価値より目先の利益を優先する傾向。
双曲割引 遠い将来より近い将来を重視する傾向。時間的に近い選択肢の価値を相対的に高く評価してしまう。
損失回避 利益を得るより損失を避けようとする特性。行動変容を促す際、損失を強調するメッセージが効果的なことがある。
社会的選好 他者の利益や行動を気にかける傾向。利他性、互恩性、不公平回避性など、他者との関係性を重視する心理が含まれる。
現状維持バイアス 現状を変えることを避け、維持しようとするバイアス。デフォルトを信頼し、慣れ親しんだ選択を好む心理が背景にある。
選択的注意 自分に関連する情報や興味のある情報に注意が向きやすい特性。自分ごととして捉えられる情報は影響力が大きい。
選択肢過多 選択肢が多すぎると選択が難しくなる現象。選択肢の分類や絞り込みをサポートすることが有効。
メンタルアカウンティング 金銭を獲得状況や使途に応じて異なる判断をする特性。獲得経路によって支出行動が変化することがある。
フレーミング効果 同じ情報でも提示方法によって印象が変わる心理作用。ポジティブな言葉選びやビジュアル表現の工夫が重要。

これらの心理特性は、日常生活やビジネスの場面で頻繁に観察されるものばかりです。企業がナッジ理論を戦略的に活用するためには、これらの心理特性を十分に理解し、ターゲットとなる顧客や従業員の行動特性を見極めることが肝要だと言えるでしょう。

まとめ

ナッジ理論は、人々の選択や行動を自然に望ましい方向へ導く強力な手法であり、日常生活からビジネスまで、幅広い場面での活用が期待されています。ナッジを効果的に実践するためには、その基本原則を理解し、実践フレームワークを参考にしながら、心理学の知見も活かすことが重要です。

戦略的にナッジ理論を活用することで、企業は顧客満足度や従業員エンゲージメントの向上を図ることができ、ひいては業績の改善につなげることが可能です。しかし、ナッジの実践には倫理的な配慮と適切なデータ活用が不可欠です。

ナッジ理論を真摯に実践することで、企業と顧客、そして社会全体の利益を同時に実現することができるでしょう。今後、ますますナッジ理論への注目が高まり、その適用範囲が拡大していくことが期待されます。

PEAKSMEDIA編集チーム

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