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ジョブ理論とは
ジョブ理論(Jobs-To-Be-Done)とは、「人の購買行動」を理解する際に使用される理論です。人(顧客)が片づけたいことを「ジョブ」と呼ぶのが特徴で、その「ジョブ」に焦点をあてることをジョブ理論では推奨しています。
たとえば「伸びた髪を切りたい」という男性がいた場合、その人にとってのジョブ(片づけたいこと)は髪を整えること。「サービスの良い床屋に行きたい」という希望ではありません。そこでQBハウスのような、「手軽に髪を切ってもらいたい」というニーズに注目した理髪店が爆発的な人気を収めたのです。
このようにジョブ理論は、顧客の“真のニーズ”に着目しているのがポイントです。企業が考えるニーズと、顧客ニーズにはズレが生じるケースが多いですが、こうしたズレを解消するためにもジョブ理論は役立ちます。
新規事業だけでなく、既存のサービス・製品に不足している点も理解でき、マーケティングや組織開発をはじめ、ビジネスのさまざまなシーンで応用できる考え方としても知られています。
ジョブ理論の提唱者
ジョブ理論は、イノベーション研究の第一人者、クレイトン・クリステンセン教授が2003年刊行の『イノベーションへの解 利益ある成長に向けて』という本のなかではじめて提唱した考え方です。少し古い理論ですが、今もなおその理論は経営の場面で有効であるとされ、起業家やマーケッターから高い支持を受けています。
また、名著『イノベーションのジレンマ』のなかで、大企業になると急に革新性を失ってしまうことを指摘したクリステンセン教授でしたが、同著では「いかにしてイノベーションを起こしていくか?」には特に触れていませんでした。そこでその答えとなる内容として、2017年刊行の著書『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』のなかで、新規事業創出のフレームワークとなる考え方として改めてジョブ理論を提唱したのです。
クリステンセン教授は1975年にブリガムヤング大学経済学部を卒業し、ハーバード・ビジネス・スクールで経営学修士を取得した人物です。
その後、ボストン・コンサルティング・グループで製造業向けコンサルティングに従事し、1992年からはハーバード・ビジネス・スクールで教員を務めました。『ハーバード・ビジネス・レビュー誌』に掲載された論文の最高位に贈られる「マッキンゼー賞」を複数回受賞するなど、理論・実践・実績に優れた経営思想家として世界中にその名を知られています。
ニーズとジョブの違い
ジョブ理論を考えるうえで、ニーズとジョブの違いに悩む方は少なくありません。
結論からお伝えすると、ニーズとは「商品やサービスの解決策」、ジョブは「具体的な欲求」を指します。次に紹介する例をもとに、それぞれの違いを理解しましょう。
あるお店では、パッケージや味を変えてもミルクシェイクの売り上げが伸びずに困っていました。そこでジョブ理論の提唱者・クリステンセン氏に相談すると、彼はミルクシェイクがよく売れる平日朝の来店客を長時間観察することに。すると来店客の多くは「車で通勤途中であること」や、「一人で毎日運転するのは退屈だと感じていること」などが分かります。
こうした調査の結果、顧客はミルクシェイクを求めているのではなく、「退屈しのぎができるもの」を求めていたことが判明しました。これはジョブ理論でいうところの、「退屈しのぎ」というジョブ(用事)を片付けるためにミルクシェイクを買っている、という事象を表します。
つまりこのケースでは、「退屈しのぎをしたい」という具体的な欲求がジョブ、その欲求を解消してくれる「ミルクシェイク」という解決策がニーズ、といえるのです。
ジョブ理論の価値は?注目される理由
ジョブ理論は、なぜビジネスの場面で注目されているのでしょうか?それは、「イノベーションの創出」が求められているからです。
便利な商品やサービスが溢れかえっている現代にあって、世の中を変えるプロダクトを生み出すことは困難です。しかし逆に考えると、こうした状況下でイノベーションを起こした企業は多くの顧客を獲得できる可能性を秘めています。そして、そのイノベーションを創出する際の“ヒント”を得られる方法としてジョブ理論が注目されているのです。
ジョブ理論は、新たなプロダクトを開発する場面や、それを成し遂げる際のマーケティングで有効な手法です。具体的には、この先で紹介するフレームワークに沿ってジョブ理論を実践し、顧客の抱えている課題を洗い出すことで顧客理解を深められます。
ちなみに「イノベーションを起こす」と聞くと、常識はずれなことをすれば良いと短絡的に考える方もいますが、こうした運任せの方法では事業はうまくいきません。あくまで顧客が何を課題に感じているかを突き止めなければマーケットに支持されるプロダクトの開発に結び付かないため、そうした意味で「真の顧客理解」に近づけるジョブ理論は価値の大きな手法といえるのです。
ジョブ理論のフレームワーク
ジョブ理論は、主に7つのフレームワークをもとに活用されることが一般的です。
- 顧客の理想を予測
- 機能的ジョブ
- 感情的ジョブ
- 社会的ジョブ
- 消費的チェーンジョブ
- 関連ジョブ
- 経済的効果
顧客の理想を予測
ジョブ理論では、「顧客がどれだけ満足感を得られるか」を予測しておくことが大切です。ジョブ達成後に訪れる未来を具体的に想定しておくことで、商品やサービスの何を改善すべきか?が見えてくるからです。
たとえば「音楽を聴く」というジョブの場合、「ダウンロードまでの時間が短い」「音割れが少ない」といったことを顧客が求めていると想定できます。そして、それらを実際に商品やサービスに落とし込んでいくことで、顧客にとってより価値の高いソリューションを提供できるのです。
機能的ジョブ
機能的ジョブとは、顧客の「根本的な欲求」を表すジョブのことです。先ほど紹介したミルクシェイクの例であれば、「小腹を満たしたい」という欲求が機能的ジョブにあたります。人がモノを買う理由にあたる部分のため、ジョブ理論をマーケティングなどで活かす際は機能的ジョブを明確に定めることが欠かせません。
機能的ジョブにはいくつかの特徴があります。ジョブの見つけ方としても、次の3点を押さえておきましょう。
- 安定している(不変的)
- 地理的な境界線がない
- ソリューションが大きな意味を持たない
たとえば「穴を開けたい」という欲求は、どの時代にも共通して存在します。それを解決する手段としてドリルやキリなどが誕生しましたが、そもそもの「穴をあけたい」という本質が変わることはありません。
そして大工やDIY(自分だけで何かを作ったりすること)をはじめ、世界のどこを見渡しても「穴を開けたい」という欲求を持つ人は存在します。つまり「どの地域でも同様の欲求があること」が、機能的ジョブを構成する要素といえるのです。
また、穴が開きさえすれば課題は解決できるので、顧客にとってソリューション(解決手段)は重要な要素ではありません。つまり、機能的ジョブは「ソリューションによって影響を受けるものではない」ということです。
感情的ジョブ
感情的ジョブとは、顧客が「どう感じたいか?」という部分に着目したジョブのこと。機能的ジョブ(根本的な欲求)を満たす過程、あるいは達成後に「感じたい」と願うことに注目することで購買行動を理解できます。
たとえば人が食事をするのは、基本的には「空腹を満たしたい」という機能的ジョブを解消するための行為です。しかし、口にモノを入れるだけで人が満足するとは限りません。人によっては「おしゃれな店内で食事をしたい」という気持ちから高級料理店に行くことを志向するでしょう。そしてこれは、“うれしい”という感情を手にしたいことから来る行動といえます。
つまり機能的ジョブだけではなく、感情的ジョブも理解することで「顧客が製品やサービスに何を求めているか?」をさらに深く理解できるようになるのです。
社会的ジョブ
社会的ジョブとは、「他者からどう思われたいか?」という部分に着目したジョブのこと。機能的ジョブを満たす過程や達成後に、顧客が「周りからこう思われたい」と願うことに注目することで購買行動を深く理解できます。
食事の例でいうと、たとえばInstagramで食事の写真をアップして「いいね」をもらいたい、という気持ちは社会的ジョブにあたります。つまり顧客の行動は自分のなかの感情だけに左右されるのではなく、社会的な側面や、周囲からの目線にも影響を受けるということです。
消費的チェーンジョブ
消費的チェーンジョブとは、「購入→設定→掃除・メンテナンス→廃棄」など、商品・サービスのライフサイクルに関わるジョブを指す言葉です。ライフサイクルのジョブを1つでも省略できると、顧客価値向上につながります。
そもそも顧客にとって、ジョブは“解消したいモノ”です。そのため「ジョブはできる限り少なくしたい」という気持ちを持っています。そうした視点で考えると、たとえば形状記憶シャツは「アイロンをかける」という作業を減らしたことで大ヒットした商品といえるでしょう。つまり1つのジョブ(しわを伸ばす)を省略したことで顧客の負担を減らし、結果として商品価値を高めることに成功したのです。
関連ジョブ
ジョブを特定する際は、ここまで紹介してきた機能的ジョブ・感情的ジョブ・社会的ジョブなどに加え、「関連ジョブ」にも注目することが大切です。
関連ジョブとは、機能的ジョブと関わりの深いジョブのこと。たとえば「在庫管理を効率化したい」という欲求を持っている顧客は、それに付随して「データを可視化したい」「検品時間を減らしたい」という気持ちを持っているものです。そして、こうした“派生的な欲求”が関連ジョブと呼ばれます。
関連ジョブを事前に洗い出しておくと、さまざまな機能を含んだパッケージソフトとして在庫管理システムを売り出すなど、複数のジョブを解決できるソリューションの開発に結び付けることができます。
経済的効果
ジョブ理論をもとにマーケティング戦略などを練る際は、商品やサービスを使った後の「経済的な効果」にも目を向けましょう。
経済的な効果とは、ジョブを達成した後に手に入る金銭的なメリットのこと。たとえば「患者の回転率を上げることで売り上げアップにつなげたい」と考えている病院の場合、診察をよりスピーディーにおこなえる医療機器を好んで選択するはずです。このように顧客にとっての経済的なメリットに注目することで、ライバル製品と差別化できる製品を開発できるようになります。
ジョブ理論の事例
製品やサービスの開発にジョブ理論を応用し、ビジネスを加速させていった成功例を3つ紹介します。
Microsoft
Microsoftは、自社のソフトウェアアシュアランス(ソフトウェア保証サービス)においてジョブ理論を適用しました。
オペレーティングシステムを複数年にわたってアップグレードできる権限を企業に与えるプランを提供していましたが、「費用対効果が合わない」との理由から顧客が離れていったことを受け、Microsoftはジョブ理論に従い、顧客ニーズを再度確かめることに。すると導入したソフトの数や、社内のセキュリティ違反の把握に困難を感じているなど、顧客は多くの課題を持っていることに気付きます。
その時点で、Microsoftはそれらの課題を解決できるソリューションを持っていましたが、個別に対処するなどの方法に留めていました。。
こうした分析を経て、特に管理・運用面で顧客が感じている課題を特定できたMicrosoftは、使い勝手の良さも考慮して「ひとつのパッケージにまとめる」という新たなプロダクトを開発。結果として、ソフトウェアアシュアランスの売上を回復できたのです。
Uber
Uberも、ジョブ理論によって成功を収めた事例のひとつです。
これまで、電車やバスなどの公共交通機関やタクシーを顧客が利用する理由は「目的地まで移動したいから」と考えられてきました。しかしUberは、希望する時間帯に電車やバスが来ないことで感じるフラストレーションや、タクシーは支払いなどに時間を取られる点などに着目し、顧客の本当の望みは「快適かつスピーディーな移動」ということに気付きます。
これこそが本当に目を向けるべきジョブだと確信したUberは、乗客とドライバーのマッチングサービスという新たな形態を打ち出すことに。公共交通機関やタクシーを利用する際に顧客が感じる不便さを解消したことで、世界中で支持されるサービスへと成長を遂げました。
iPod
「1,000 songs in your pocket(ポケットに1000曲を)」というメッセージを打ち出し、ユーザーの心をつかんだiPodも、ジョブ理論によって成功を収めたことで知られています。
開発当時の音楽業界は、「日常的に音楽を聴きたい」というジョブに応える手段としてCDプレーヤーやMDプレーヤーの開発が主流でした。しかしAppleは、ランニング中の人でも音楽を聴けるようにとの考えのもと、「運動時にも音楽でモチベーションを高めたい」というジョブを新たに設定することに。
そのジョブをもとに開発を進めていった結果、プレーヤーを“ポケットサイズ”に改良し、さらには「Genius」という機能も搭載。これは自動的にプレイリストを作ってくれる機能のことで、走っているランナーが操作に時間を取られないこともあり、不便さを解消する機能として絶賛されました。
またGeniusを搭載したことで、「なんでこの曲と曲をつなげるんだろう?」という驚き、つまり感情的ジョブを満たすことにも成功。Appleの代名詞とも呼べる“白くて太いコード“をiPodにも装備することで、「自分はApple製品を使っている(イケている集団に属している)」という満足感、つまり社会的ジョブを満たすことにも成功したのです。
さらに詳しく知りたい方におすすめの本・書籍
【書籍名】
「ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム」
( クレイトン・M・クリステンセン著)」
「破壊的イノベーション論」の提唱者であり、はじめて「ジョブ理論」を紹介したクレイトン・M・クリステンセン教授による著書の邦訳版。新規事業創出のフレームワークとなるジョブ理論の考え方を改めて提唱しています。
この書籍を読むことで、以下の点について理解が深まります。
- 人がモノを買う行為そのもののメカニズム
- イノベーションの成否を分ける「ジョブ」とは
- 埋もれている「ジョブ」とは
- ビッグデータは顧客が「なぜ」買うのかを教えてはくれない
- 数値化できない「因果関係」こそがイノベーション成功のカギであること
- ジョブ理論において「取り込むべき顧客」とは
- 「ジョブ」を中心とした組織とは
- ジョブ理論実践のための豊富な事例紹介
ジョブ理論は、クリステンセン教授が2003年刊行の著書「イノベーションへの解 利益ある成長に向けて」の中で初めて提唱した考え方。その後、大企業になると急に革新性を失ってしまうというイノベーションのジレンマを指摘した同教授が、「いかにしてイノベーションを起こしていくべきか」という問いに対する答えを示したのが本書籍です。
人がモノを買う行為そのもののメカニズムを解き明かし、予測可能で優れたイノベーションをいかに創り出していくか、その方法論を基礎から解き明かしています。また、ビッグデータは顧客が「誰か」を教えてくれても、「なぜ」買うのかまでは教えてくれないというビッグデータ信仰に警鐘を鳴らし、数値化できないところにイノベーション成功のカギがあることを示唆しています。
また、イケア、ゼネラルモーターズ(GM)、プロクター&ギャンブル(P&G)、アマゾンなど豊富な企業事例を紹介。「ジョブ」に焦点を当てた組織のあり方について考えるヒントを与えてくれるため、多くの企業が陥りがちなジレンマ、罠を理解することができ、自社におけるイノベーションのあり方を検討する際の参考にできるでしょう。
まとめ
ジョブ理論は、ジョブ(顧客が本当に解決したい課題)に着目し、その解決を図るうえで有効な理論です。ユーザーが抱えているジョブは何か、それをどうやって解決できるかを探っていくと、これまでとは異なる視点でソリューション開発に臨めます。市場に受け入れられる商品開発、そして社内発のイノベーションにつなげるためにも、「製品を購入するときだけでなく、製品を使用するときに顧客はどのような体験を求めているのか?」を常に問い続けていきましょう。