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プロフィール
株式会社EX-Fusion CEO 松尾一輝氏
大阪大学在学中より高速点火方式核融合の研究に注力し、従来のレーザー核融合方式よりも効率的な核融合プラズマ加熱を実証した。博士課程修了後、2020年からはカリフォルニア大学で、核融合の研究に従事。2021年に株式会社EX-Fusionを設立する。
2030年レーザー核融合による発電実証を目指す
最初に御社の簡単なご紹介をお願い致します。
松尾氏:EX-Fusionはレーザー核融合商用炉の社会実装を目指しているスタートアップ企業です。核融合とは、水素やヘリウムなど軽い原子核を衝突させて、より重い原子核に変わる反応のことです。この過程で出る莫大なエネルギーを利用するのが核融合発電です。
核融合発電には大きく分けて「磁場閉じ込め方式」と「慣性閉じ込め方式」の2つの研究が行われています。日本も参加している国際熱核融合実験炉「ITER(イーター)」など主流は磁場閉じ込め方式ですが、私たちは高出力レーザーを使った慣性閉じ込め方式によるレーザー核融合を目指しています。
目下のマイルストーンとしては、2030年に一定規模の発電実証を行うことです。 核融合発電自体は2023年4月に「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」という国家戦略が策定され、いろいろなところで目にする機会が増えてきましたが、実際に核融合で発電に成功した事例はまだありません。
まずは機能を実証しないことには社会実装できないと考え、発電の実証に注力しています。発電の実証は開発のゴールではありますが、商用となれば、核融合炉として動作させ続けていくためのメンテナンスや、さらに高効率な核融合炉開発に取り組むことになります。商用炉を作る際に必要なコンポーネント(部品)は量産する必要があるため、電力会社など発電事業者にライセンシングすることを考えています。
核融合発電が従来の発電と大きく違うのは、資源ではなく技術で発電する点です。技術は常に進化するので、最小のエネルギーで最大のエネルギーを生み出すことを追求し続けられるーー我々はそこにひたすら向かっていくと思います。
最初のマイルストーンである核融合発電に向け、現在どのようなところまで来ていますか?
松尾氏:発電に向けた連鎖核融合として、一番大きなニュースはアメリカのローレンスリバモア国立研究所(LLNL)が2022年12月、レーザー核融合のために投入したエネルギー量を上回るエネルギーを生み出す「核融合点火」の再現に成功したことです。その時は1.5倍のエネルギーゲインが得られましたが、現状3倍近くのゲインが出せるようになっています。これによって科学実証のテーマだった「レーザー核融合でエネルギーを生み出せるのか」に対して、明確にYESだと言えるようになりました。
一方で商用化に向けた課題は大きく3点あります。
最終的に電気に変換する商用炉を作るには、100倍くらいのエネルギーゲイン*が必要だと言われています。このゲイン100を業界全体で目指しているわけです。
これに関しては、レーザー核融合ではゲインが得られ、物理現象としては把握できるようになったので、燃料のサイズやレーザー出力をどれくらいにすればいいのか、AIが登場したことなどもあり、以前より高精度に予測できるようになり、確度は上がっていると感じています。
二つ目の課題は高繰り返し化です。科学実証では1回の核融合反応で十分でしたが、発電所では毎秒大量の電気が必要なため、核融合も1秒間に10回程度の反応を起こす必要があります。現状のレーザー技術は冷却問題で8時間に1回しか出力できず、静止したターゲットへの照射で済みました。しかし、商用化には1秒間に10回の頻度でターゲットを連続投入し、自動追尾してレーザー照射するシステム開発が不可欠です。
そして三つ目は低コスト化です。電気料金は外的要因もありますし、弊社だけでコントロールできない部分も多いのですが、目指すべき発電コストの指標はあると思います。そうなるとコンポーネントの製造コストやメンテナンス費用など含めて精緻に見積もる必要があります。こうした部分は弊社だけではなくサプライチェーン全体の課題として、多くの企業と協力して取り組むべき課題と考えています。
*エネルギーゲイン…電気回路の増幅器によって電気信号を増幅する値(単位はデシベル、dB)のこと、核融合反応効率を示す
そもそも、磁場閉じ込め方式とレーザー核融合とでは、どのような違いがあるのでしょうか。
松尾氏:磁場閉じ込め方式と比較すると、レーザー核融合は圧倒的にシンプルで、難易度という点で優れていると考えています。
一番大きな違いは、プラズマのサイズです。磁場閉じ込め方式は、大きな真空容器の中にプラズマを閉じ込めるため、どうしても装置が大型化してしまいます。 それに伴い、プラズマと炉壁の接触による損耗や、生成されたヘリウムの排出などの課題が出てきます。 特に、炉壁の材料には、耐熱性や耐放射線性の高い特殊な素材が必要となり、商用化に向けて材料開発の点でも難易度が高くなります。
一方でレーザー核融合は、直径数ミリの燃料ペレットにレーザーを照射し、瞬間的に超高温超高圧にすることで核融合を起こすため、装置がコンパクトで、炉壁の負荷も小さく、材料選定の自由度が高いというメリットがあります。さらに、レーザーシステム本体を炉外に置けるため、メンテナンスも容易です。
また、核融合で重要なトリチウム増殖において、磁場閉じ込め方式はコイルやブランケット形状の制約から増殖比1を超えるのが総じて難しい傾向がありますが、レーザー核融合炉は構造がシンプルでブランケット形状に制限がなく、より効率的にトリチウムを増殖できます。
つまり、レーザー核融合は、炉の構造がシンプルなためメンテナンスが容易で、運転の安定性も効率も高いという点が大きな魅力です。私は核融合の商用化を見据えると、レーザー核融合が実用化を加速させるキーテクノロジーになると考えています。
核融合の商用化に向けて、ITER計画は延期が決まったようですが、レーザー核融合が2030年をベンチマークできるのはなぜでしょうか?
松尾氏:他の核融合と明確に違う点は、科学の問題と技術の問題を切り分けて考えられるところです。
レーザー核融合では、ゲイン1以上のエネルギー増殖という科学的課題は検証済みです。必要な技術基盤は1980年代に確立されており、現在はより効率的な核融合反応の探求段階です。一方、磁場閉じ込め方式など他の方式では、超高温超高圧プラズマ生成・維持の大規模装置建設と実験が必要で、科学検証と技術開発を同時進行せざるをえず、開発期間と規模は必然的に大きくなります。
さらに、既存の産業基盤を活用できる点も重要です。使用しているDPSSレーザーは元々産業用で、高出力化・高繰り返し化等の技術開発が継続されてきました。この既存技術をベースに核融合特化のチューニングを施すことで、より効率的なシステムを構築できます。例えば、レーザー媒質の熱伝導向上や効率的な冷却等の技術は、日本の材料研究の強みを活かせるところです。
日本のレーザー核融合開発における優位性と課題
「点火」の再現に成功というブレイクスルーにおいては、アメリカに先を越されたという見方もあるかもしれませんが、レーザー核融合発電に向けて日本としての優位性があれば教えてください。
松尾氏:商用化にむけての課題として、「ゲイン」「高繰り返し化」「低コスト化」の3つがあると言いましたが、それぞれに日本の強みがあると思っています。まずゲインに関しては、インプットするエネルギーをいかに小さくしてゲインを大きく出すかが、商用炉でも重要になります。エネルギーインプットを小さくしないと、レーザーが現実味のない規模になり、建設コストがものすごく高くなってしまいます。
日本では大阪大学を中心に「高速点火方式」という独自の方式を学術研究で取り組んでいて、私も元々は大阪大学でそのプロジェクトに携わっていました。ゲイン3を実現したLLNLの「中心点火方式」だと商用炉の目処となるゲイン100を出すためには5メガジュールくらいの巨大なレーザー装置が必要だと言われています。これに対して高速点火方式ではその10分の1の500キロジュールでゲイン100の設計ができると言われています。
従来の中心点火方式では、レーザー照射による爆縮で圧力と密度を同時に高めますが、爆縮中の流体力学的不安定性により燃料がいびつに潰れ、点火中心で密度と温度を同時に高めるのが困難でした。一方、高速点火方式では、爆縮後の高密度状態の短い時間に点火用のレーザーで加熱するため、流体力学的不安定性の問題を回避でき、球対称性の条件も緩和されます。そのため、中心点火方式より少ないエネルギーでゲイン100を狙えるのです。
松尾氏:高出力レーザーにおいても、今のところ世界最大平均出力のレーザーを達成しているのは日本であり、レーザーの技術基盤としては高いと言えるでしょう。これに私たちの制御装置を合わせることで、レーザー核融合に一番近い状況で技術的な検証ができるのは日本の強みだと思います。
一方で、高出力レーザーは非常に激しい開発競争があり、海外含めて民間企業から国立の研究所や大学でも取り組まれています。今はアメリカと日本しか核融合の実績はありませんが、世界各国がレーザー核融合に力を入れてきている中で、特に中国との技術開発に勝ち切れるのかが、今後の勝負どころだと見ています。
そして、低コストという点ですが、日本にはサプライチェーンが揃っていて、国内ですべてをまかなえるというアドバンテージがあります。レーザー核融合に関していうと、レーザーの媒質も世界で一番優れたメーカーが日本にありますし、LDも冷凍機も国内製造できるなど、すべての技術が揃います。このよう国は他ではないのではないでしょうか。
なるほど。日本だけで核融合発電のサプライチェーンが組めるということですね。逆に、課題に感じていることなどはどのような点でしょうか?
松尾氏:商用化となると、扱う物の量がものすごく多くなるので、部品を作ってくれる企業などサプライチェーンを構成する企業と一緒にやっていく必要があります。 サプライチェーン全体としてまとめ上げるために企業間のコミュニケーションは非常に重要だと考えており、弊社は2024年11月に核融合企業としては初めて経団連に参加し、関連する企業とコンタクトを始めています。
しかし、日本の将来のためとか、エネルギー問題を解決するためになると言っても、経営の立場から莫大な設備投資を判断するのは簡単ではありません。私が言うのもおかしな話ですが、核融合が科学的にできると証明できたとしても、それが実際に技術としてちゃんと動くかどうかは、また別の話です。現状では未だ怪しいと思われても仕方ない段階にあり、サプライチェーン側の企業もなかなか動きにくいだろうと考えています。
そのために今は、最短期間で、必要最低限の機能を実証することを一番の目標にして開発を進めています。そして、そこから10年ほどかけてサプライチェーンの企業と一緒に商用炉を作っていく計画です。
核融合発電サプライチェーンをつくる精密制御の産業応用戦略
御社として特に強いと考える技術領域を教えてください。
松尾氏:レーザーだけではなく制御系も含め、ターゲット供給装置まですべてワンパッケージとして、2030年に間に合わせるよう進めています。
一連の工夫の中で、一番大きかったのは光源にレーザーダイオード(LD)を使ったことでしょうか。LLNLのレーザーも大阪大学の「激光」というレーザー核融合炉も、レーザーの光源は強力なフラッシュランプでした。これは低コストで大型化しやすいというメリットがありますが、フラッシュランプというのは白色光で、いろいろな波長の光を含んでいます。
一方でレーザーは単一波長の光を共振させるため、エネルギーとして使われるのはその波長成分だけで、それ以外の波長は利用されずに熱になってしまいます。LDは単一波長で発光するため、媒質を温めてしまうような熱の発生は抑えられますし、効率はフラッシュランプよりも高いという利点があるので、さらに大型でハイパワーなレーザーを開発していこうとしています。
もう一つは、レーザー制御の部分ですね。
冒頭に課題の一つとして、ゲイン100での発電時には、1秒間に10回外部から燃料ターゲットを撃ち込む必要があるとお話しましたが、毎回同じ場所には来ないんです。この少しのズレを検知してレーザーを当てにいく「追尾」という動作が必要になります。
高繰り返しに関しては、弊社が制御については強みであり、他社に負けることはまずないと思っています。
ターゲットである燃料球をリアルタイムで追尾してレーザーを当てるのですね。どれくらいの精度でレーザーを当てる必要があるのでしょうか?
松尾氏:燃料球をその中心に向かって球対称で爆縮させるためには、直径3〜4ミリの燃料球に10ミクロン(1000分の10ミリ)の誤差でレーザーを当てる必要があります。0.01ミリは髪の毛よりもずっと細いものです。
さらに、実際の核融合炉では10メートル以上離れたところから10ミクロンの精度で撃ち込まれたターゲットにレーザーを当てることになります。これは100キロ先で10センチ以内しかズレない精度に相当します。
こうした非常に高精度な制御技術は産業応用も幅広く期待できるため弊社のコア技術のひとつとなっています。
例えばどのような産業応用があるのでしょうか?製造業やものづくりに与える変化があれば教えてください。
松尾氏:レーザー核融合は関連する産業の裾野も広いので、産業構造の底上げや新しい産業を創出できると考えています。核融合発電は一社単独では実現できないビジネスです。応用でのビジネスを確立することでサプライチェーンの企業が参画できる状況を作りたいと考えています。
例えば加工機メーカーとの取り組みでは、弊社が強みとする制御技術を使ってハイパワーレーザー加工機としてパッケージすることで、従来のレーザーカッターでは不可能だったCFRP製の自動車や飛行機のボディを輪切りにできるぐらいのレベル感の加工が実現できるので、新しいレーザー加工として提案させて頂いています。また、レーザーを使った測距技術にも応用できると考えており、例えば宇宙分野ではハイパワーレーザーと当社の制御技術を組み合わせることで、測距用反射板を持たない宇宙デブリの追跡や除去を実現するシステムの構築を目指して連携をスタートさせています。
このように、レーザー核融合という軸で開発を強力に推進しながら、他の産業分野に応用可能な精密制御技術を使っていろいろな企業様と組ませて頂いている状況です。
レーザー核融合が切り開く世界
最後に、レーザー核融合と関連する技術が他の産業にもたらすメリットや、レーザー核融合によってどのような世界が実現できるのか、将来像を教えてください。
松尾氏:将来的に核融合が目指すのは、脱炭素発電として2050年カーボンニュートラルの実現ですね。このためには、だいたい6テラワットの電力が必要ですが、再生可能エネルギーだけで実現するのは至難の業であるので、原子力の推進や核融合という新しい技術に注目が集まっていています。
磁場閉じ込め方式は、炉のサイズで電力量が決まっていて、常に一定のエネルギーを出力できるため、スケールアップが実現すれば「ベースロード電源」*という位置付けが期待されています。レーザー核融合はレーザーの繰り返し数で出力を秒単位で調整できるため、現在火力発電が担っている「ピーク電源」*の代替となることができます。
私は国産のエネルギーを作りたいという想いが軸としてありますが、日本では原子力発電の比率が下がっており8割が火力発電で電力をまかなっているのが現状です。大半の発電資源を海外に依存している状況に対して、最低限その一部はレーザー核融合など国産でカバーできる状態にしたいと考えています。
なぜなら、日本にあるいろいろな課題感も国産エネルギーが作れれば大きく変わるのではないかなと思っているからです。日本には技術もあり、優秀な人材のリソースもあります。そこにエネルギーが自給自足できるという軸が加わると、さまざまな課題が解決して、面白い未来が描けるのではないでしょうか。
最初に核融合は資源で発電するのではなく技術で発電しているとお話ししましたが、日本のような資源がない国とっては最も重要な要素だと思います。技術は発展し続けることができるので、高品質な製品を作り出せる日本の製造業の軸をどんどん磨いていけば、何か面白いことができそうだと感じています。
*ベースロード電源 昼夜を問わず安定的に発電でき、コストが安い電力源です。
*ピーク電源 電力需要のピークに合わせて発電する電源です。季節や時間帯、天候、曜日などによって変動する電力需要のうち、特に昼間や夏場など一時的に需要が急増する時間帯に電力を供給します